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「10 -第三部-」 8話

【光と影】

「ヒスイ、でかけるの?」

久しぶりに仕事が入り、出かける支度をしているところにレインが寂しそうにやってきた。
今までトレーニングで少し家をあける以外はずっと一緒だったのだ。離れることに不安もあるのだろう。

「できるだけ早く戻るよ。トーカもクキもいてくれるから大丈夫」

思わずレインの頭を撫でる。温かい気持ちを感じながらも、心の中では散々保護者達に撫でられたせいだと言い訳していた。


目的地ではマイトが待っていた。

「ヒスイ君。久しぶりだね」
「お久しぶりです。今回は窃盗事件ですか?」
「そう。教会から新しい素材の研究資料が盗まれて、今からそれの受け渡しが行われるんだ。資料の奪還、犯人と取引相手の確保が今回の目的だよ。ヒスイ君は取引相手のほうをよろしく」
「了解。ちなみに俺が呼ばれた理由は?」
「君が関わってると、教会は下手に犯人達に手を出せないから」
「ははっ。なるほど。了解」

久しぶりの仕事だがトレーニングは欠かしていない。自分の立場を利用することにも慣れた。ヒスイは意気揚々と取引現場へ向かった。


最近ヒスイは仕事に行くと言って時々出かける。1度だけだが2日間帰らないこともあった。

「それは『つまらない』かな。それとも『寂しい』の顔かな」

しょんぼりとブレスレットを見ているレインに、トーカがジュースを持ってきた。

「ありがとう。………最近ヒスイ忙しいね」

少し頬を膨らませて言う姿は歳より幼く見えて、トーカはクスッと笑ってしまう。

「レインが来る前よりはマシなんだけどね。まあずっと一緒だったものなぁ。せめてレインも外に出れたら少しは気分も変わるんだろうけど」

そこまで言った所で玄関から声が聞こえた。「ルリくんだ」とクキが扉を開ける。


「レインの外出がオッケーになった?」

ルリが持ってきたのは、今まさに欲しいと望んでいた知らせだった。

「レイン君が地下に連れてこられた事件の後始末が全て終わりました。1人地下に残ったことはバレずに処理できたので、ひとまずは外に出ても問題ないだろうとなったのです。ただし、誰かが付き添うことが条件ですが」

クキがレインに抱きつき、「さっそくこのあと買い物に行こう〜」と喜んでいる。
レインもまだ驚きが勝っているが、嬉しそうだ。

「コトラの授業がやっと役に立ちそうだな」

トーカも静かに喜んでいる。

「そういえばコトラさんに家庭教師をしてもらってるんでしたね。じゃあ現地実習として議会を見に来るかい?」

ルリの提案にレインの顔が輝く。

「いいの⁉︎」
「もちろん。ソラに頼めばアヤの町や軍の事務所にも連れて行ってもらえるだろうし、アサギに頼めば教会のラボも見せてくれるかもしれない。レイン君さえ良ければ聞いてみるよ」
「行きたい!お願いします!」

レインの喜びように、ルリも笑顔で「わかった。すぐ聞いてみるよ」と答えた。


「ただいま〜。レイン、遅くなってごめんな」

日の沈んだあと、ヒスイが慌てて帰ってきた。

「ヒスイ!おかえり!僕、外に出てもよくなったよ!」

クキと遊んでいたレインが喜んで駆け寄ってくる。

「へ?そうなのか?」
「今日ルリが来て教えてくれたんだよ。レインが連れてこられた事件が全て解決したから、外に出てもいいって」

皿洗いをしていたトーカがキッチンからでてきて説明した。

「早速一緒に買い物に行ってきたもんね〜」

クキがカードを片付けながらニシシと笑う。

「そうなのか。レイン、良かったな。明日は予定も無いしどこか出かけようか」
「いいの!やった〜!」

久しぶりのレインの満面の笑みにヒスイも嬉しくなる。さて、どこに連れて行こうかとウキウキしていた。


次の日。トーカに付き添われて2人が来たのは………貧民街だった。

「ここは……?」

暗く危険な空気の漂う場所にレインが怯える。

「ここは、俺が15歳まで暮らしてた所だ」

服を掴んでくるレインを安心させながら、ほんの少しの懐かしさをヒスイは滲ませた。

「貧民街って言ってね。地下の中でも一番治安の悪い地域なんだけど、俺はそこでスリをして暮らしてた。トーカに助け出されるまではね」

レインは優しいヒスイがそんな暮らしをしていたことに驚いた。
穏やかな瞳が大切なことを伝えようとしている。

「どんな世界にも光と闇がある。地下だって、優しくて温かい人もいれば、騙して傷つけてこようとする人もいる。これから地下で生きていくレインには、色々なことをよく見てよく考えて欲しいんだ」

怖がらせてごめんなと、ヒスイはレインを連れてそのまま車に戻った。
レインは手をひかれながら、振り返ってもう一度貧民街を見る。恐ろしくて震えが止まらなくても、目を逸らしてはいけないものがあるのだ。レインの心に何か小さなものが芽生えた。


「おかえり〜。ヒスイ、久しぶりじゃないか」
「その子が預かってる子かい?いらっしゃい」

貧民街を出て次に向かったのはアジトだった。

「ここが俺が貧民街を出て最初に連れてこられた所。みんな優しい人達だから怯えなくて大丈夫だぞ」

レインはたくさんの人に驚いてヒスイの後ろに隠れてしまった。

「レイン君。いらっしゃい。思ったより早く着いたね」
「おや。君がレイン君ですか。はじめまして。私はソアラです」

コトラが出てきたことでやっと落ち着いたレインが、またヒスイの後ろに隠れてしまう。

「ソアラさん……?コトラに変な影響与えた人………?」

レインの言葉を聞いてヒスイ、トーカ、コトラの3人が吹き出す。
必死に笑いを堪える姿を見てソアラは「え?え?」と戸惑うばかりだった。


そのあとはヒスイとレインでアジトを見てまわった。レインは子供達と戯れたり、運動室の広さに驚いて走り回ったり、畑を「懐かしい」と言って手伝おうとしたり。
みんなとすれ違うたびに優しい言葉をかけられ、レインはとても嬉しそうだった。

「とても楽しかったよ。アジト、いいところだね」

帰りの車で大満足といった感じでレインが笑った。

「そうだな。また来ような」

たくさんはしゃいで疲れたのか、レインはそのまま眠ってしまった。
その頭を優しく撫でて幸せそうにしているヒスイを見ながら、トーカはゆっくりと車を走らせた。

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