「10 -第三部-」 6話
【まずは】
食事が終わり、クキとトーカが食器を洗う音がリビングに響く。
ヒスイとレインは話の続きをするためにソファで向かい合って座っていた。
「この灯りは、どうやって光ってると思う?」
ヒスイは手のひらにちょうどおさまる大きさの玉を見せてレインに質問する。玉は緑色に淡く発光している。
「え?どうやってって……エネルギーで?」
「そうだ。灯りだけじゃなく生活のあらゆるところで使われているのは、自然から取りだされたエネルギーなんだ。………ここから先は地上の災害に関わる話だから、聞くのが辛くなったら言うんだぞ」
ヒスイの表情に少しの心配が滲む。
「うん。わかった」
「………人が自然のエネルギーを使い続けるうちに、自然はバランスを崩してしまった。お前が両親を亡くしたような災害が常に起きている状態になったんだ。だから人は地下に逃げた」
両親の話がでるとどうしても体が強張ってしまう。だが話を止めたくないレインは視線で続きを促した。
「でも地下では人は生きられない。なんとか地上に戻るために災害を止めようとした結果、自然をコントロールする機械を作り出した。………その制御部に人を繋いで」
レインの体が更に強張る。
「自然のコントロールには成功した。だが制御部に繋ぐ人は10年で寿命を迎える。その機械に繋がれる人はヤドと呼ばれ、10年毎に新しいヤドが機械に繋がれるようになった。それからは地上で災害が起きるのは、ヤドの代替わりの時だけになった。これは地下の一部の人しか知らないことだが」
人の命を代償に自分達は生かされている。
重い現実がレインの肩にのしかかった。
「俺は今のヤドが機械に繋がれる前に、一度会ってるんだ」
ヒスイの声に少しの悲しみが混じる。
「その頃はヤドのことなんて何も知らなかったんだけど。でもそのおかげで、俺はヤドに守られてるとヤドの関係者に思われた。ヤドは機械に繋がれている間は世界を好きなようにできるわけだから、俺の存在は脅威になる。俺が何をしようと誰も俺に手出しできない。そんな力を手に入れたんだ」
深く考えなければ、良いことのように聞こえる。大きな力を手に入れて。でもそれはとても苦しいことなのかもしれない。「大きなものを背負っている」というルリの言葉が脳裏をよぎった。
「………勝手に被害者にしないで」
レインはいつのまにか暗い顔をしていたのだろう。
少し前に自分が訴えた台詞を、今度はヒスイに優しく訴えられた。
「ナズ……今のヤドに会って、俺は世界が変わったんだ。貧民街で死んだように生きるしかなかった俺が、トーカに助けられて、クキやソラやルリや、たくさんの人に出会って。レイン、お前にも会えた。俺は今、幸せなんだよ」
とても満ち足りた笑顔だ。人の心は表面的な境遇だけではわからない。知りたいなら、きちんと話し合わなければ。
「……僕に会えて良かった?」
「ああ。とても」
この人の力になりたい。守られるばかりではなく、この人を守りたい。
レインの心は、子供から少しだけ大人になろうとしていた。
一度にたくさんのことを聞いて疲れただろうと、レインを早々に寝かせてヒスイはソファで項垂れていた。
「お前も今日は疲れただろう。早く寝たらどうだ?」
トーカが、レインが来てからあまり見せることのなかった保護者の顔になっている。
「うん。そうだな。………地下の空は地上の人間には濁って見えるんだな」
独り言のように呟くヒスイに、トーカは静かに耳を傾ける。
「母さんもそうだったのかな。……俺は地上について知らないことばかりだ」
今まで経験することのなかった地上の人間との関わりに、ヒスイの心は揺れていた。
「今まで地下のことで精一杯だったでしょ。あまり手を伸ばしすぎるとお前が潰れてしまうよ。ただでさえ最近は仕事のし過ぎだったんだから。まだしばらくはレインのことに集中して仕事は休みなさい」
久しぶりに頭を撫でられる。昔みたいにヨシヨシではなく、軽くポンと手を置かれるだけだけど。それでもトーカにはまだまだ追いつけないんだなとヒスイに感じさせた。
「………レインに言った、今幸せっていうのは本当なんだ」
「知ってるよ。俺もそうだから」
トーカは出会った頃よりもずっと柔らかく笑うようになった。
それはこの7年を肯定してるようで嬉しい。
「……そろそろ寝る。おやすみ」
「ああ。おやすみ」
翌朝。
レインに今後について何か希望があるか聞くと、意外な返事が返ってきた。
「地下について色々勉強したい」
まだどれだけの自由が与えられるかはわからないので、外に出ることは難しいだろう。ならば、家の中で何か教えられないかと大人3人は知恵を絞る。
「誰かに頼めたら良いんだけどねぇ。教えるのがうまくて、子供の扱いに慣れてて、レインくんの素性を知っても問題ない人」
クキがそんな都合のいい人間いるはずないと思いながら言葉にすると、トーカとヒスイが「あ!」と声をあげた。
「コトラさんを家庭教師に?」
今後について話し合いにきたルリは、突然の提案に驚く。隣ではソラが「だれ?」と戸惑っていた。
「そう!コトラなら普段アジトで子供達相手に教えてるし、地上のことも知ってるから適任だろ!まあ本人に確認しないといけないけど」
ヒスイは自分が思いついたアイデアにやや興奮気味だ。
「確かに。いつまでもレイン君を閉じ込めておくわけにもいかないし、外に出る時に向けて地下のことを知っておくのは大切か」
アゴに手を当ててしばらく考えたあと、ルリは「いいですよ」と納得してくれた。
「やったー。アジトに連絡入れてくる」
通信機片手に喜んで席をはずすヒスイを見ながら、ソラは「だから、だれなの?」と1人仲間はずれにされているのを嘆いていた。
レインが仲間はずれにされたソラをソファに連れて行って宥めている間に、残りのメンバーは今後について話し合っていた。
「しかし、俺達もそろそろ仕事を始めないと怪しまれるよな」
トーカがため息をつく。レインのことは限られた人間しか知らないので、今のトーカ達はのらりくらりと仕事をサボってる状態なのだ。
「俺は普段からサボりまくってるから怪しまれないけどね〜」
「お前はもっと仕事してくれ」
クキの軽口にトーカのため息が再度漏れる。
「レイン君が家で1人になるのが心配なら我々も協力しますよ。ヒスイ君も最近ますます仕事に力を入れてましたし、そろそろ復帰したいんじゃないですか?」
「ヒスイにはしばらく仕事はさせないよ」
急にトーカの声がかたくなる。
だが驚くルリの顔を見て、すぐに態度を元に戻した。
「子供との時間を奪うなんて可哀想だろ〜。俺も本当は孫との時間を1秒も奪われたくないんだけどさ」
「それならクキさんだってそうなんですけど〜」
ごまかすように戯けるトーカに、クキが合わせてくれる。ルリはこれ以上は聞くまいと2人のごまかしを笑って受け入れてくれた。
「コトラ、来週なら来れるって」
ヒスイは喜びながら「ボードゲーム持ってきてくれるぞ」とレインを巻き込んではしゃいでいる。
「良かったな。アジトから日帰りは大変だろうから、コトラには俺の部屋を使ってもらおうか。俺はアジトに戻るなり仕事に行くなりするから」
「物でも人でも、必要になれば何でも言ってくださいね。すぐソラを派遣します」
「いや、俺を暇人みたいに言わないで」
ソラの苦情を無視してルリはレインに話しかける。
「レイン君が地下のことを学んでる間に、なんとかして君を外に出られるようにするからね。もう少しだけ我慢しててくれ」
誠実なルリの言葉にレインは笑顔で頷く。
そうしてルリとソラは帰って行った。
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