「10 -第三部-」 7話
【2度の死】
「ねえ。コトラさんってどんな人?」
家庭教師をお願いすることが決まって1週間。今日は初めてコトラが来る日だ。レインはソワソワと落ち着かない。
「ん?コトラはいいヤツだぞ。使用人として潜入してコトラを利用して父親を捕まえた俺を許すような心の広いヤツだ」
「えっ⁉︎」
ヒスイの予想もしない紹介にレインが混乱する。
「そうそう。しかもヒスイくんの作戦を逆手に取って、父親の逮捕に協力するような豪傑だよ」
「ええっ⁉︎」
クキが悪ノリするので、レインの混乱は更に深まる。
「こら。レインで遊ぶな。大丈夫。優しくて面倒見のいいやつだから怖がらなくていいよ」
ヨシヨシとレインを撫でながらトーカがフォローする。そんなやり取りをしているとコトラがやってきた。
「みなさん、お久しぶりです。君がレイン君だね。私はコトラだ。よろしくね」
爽やかに笑うコトラにレインはホッとする。
「レインです。みんなコトラさんの過去を変に話して脅すからドキドキしたよ」
「ああ。ヒスイとクキさんがうちに潜入して父を捕まえた話だね。いや〜、懐かしいね」
はっはっはっと笑うコトラにレインが怯える。トーカの後ろに隠れてしまった。
「あれ?」
「………コトラ。お前ソアラに変な影響受けてないか」
震えるレインを見てコトラは「はて?」と首を傾げるだけだった。
「じゃあ、俺はアジトに寄ってから仕事に行ってくるから。コトラ、俺の部屋は好きに使ってくれ」
「ありがとうございます」
「今夜はみんなでたくさん遊ぼうな!」
「そこの保護者。くれぐれもレインの勉強の邪魔はしないように」
遊ぶ気満々のヒスイに釘をさしてトーカは出かけて行った。
「じゃあ、まずは地下の都市構成から学んでいこうか」
レインは真面目で飲み込みも早かった。コトラが「教え甲斐があるよ」と笑うと嬉しそうにしている。
ヒスイは一緒に授業を聞いたり、クキと家事をしたりしていた。
「明日は俺も仕事に出るから、家のことはよろしくね。一応ソラくんも様子を見にきてくれるって」
「俺は仕事に戻らなくていいのか?家から出れないならレインにつきっきりでなくてもいいだろ?」
「そんなに忙しくないみたいだから大丈夫だよ。たまにはゆっくり休むのも仕事だよ」
クキに諭されてヒスイはしぶしぶ納得する。
「ほら、そんな顔しない。コトラくん達もうすぐ終わりそうだよ。今日はいっぱい遊ぶんでしょ」
クキにさあさあとコトラ達のところまで背を押されて、仕事の話はうやむやにされてしまった。
「あ〜。ちょっと待って!それなし!」
「ダメだよ。ヒスイ。勝負は勝負」
「レイン君は意外と策士だね」
授業も終わり、コトラ、ヒスイ、レインの3人はカードゲームやらボードゲームやらに興じている。
「ヒスイは腕が鈍ったんじゃないか。最近アジトに戻ってもすぐまた出て行ってたし。こうやって遊ぶのも久しぶりじゃないか」
コトラに言われて「確かに」とヒスイは思った。ここ1年ほどは何かに追われるように仕事をしていたなと。
「よし!じゃあ今日は思いっきり遊ぶぞ!」
おー!と3人は盛り上がる。
クキはそんな姿を微笑ましく見ていた。
次の日の朝。クキが出かけるのと入れ替わりでソラがやってきた。謎の人物だったコトラに会えて喜んでいる。
「しかしソラもヒマなのか?よくうちに来るよな」
「へ?」
ヒスイののんびりした発言にソラは気が抜ける。レインのことは重要事項なので時間をやりくりしてきているのだが。
「俺もずっと仕事休みだし。まあ平和なのはいいことだけど」
先日のトーカの発言を思い出す。しばらくヒスイに仕事はさせないと。一瞬見せた真剣な表情に何か事情があるのだろうと考え、ソラはヒスイの疑問を流すことにした。
「そうだね。平和なのはいいことだよ。今日は俺も遊びに入れてね」
その日は夕方にクキが帰るまでソラがいてくれた。今回のコトラの滞在は3日間だったので、次の日にはトーカが戻り、コトラはアジトに帰って行った。
そうやって時々コトラが来たり、ソラが来たり。トレーニングのために外出する以外は、ヒスイはレインと共に隠れ家で穏やかに過ごす。
だが、だんだんとヒスイは理由のわからない焦りに悩まされるようになっていった。
「なあ、俺はまだ仕事に戻れないのか?」
レインが寝たあと、ヒスイがトーカに詰め寄った。
「何?急に」
「急じゃないだろ。ずっと言ってる」
「別に人手は足りてるんだし、お前はレインについてたほうがいいでしょう」
「……そりゃ、そうだけど……」
ヒスイはなぜここまで仕事に行きたがるのか、自分でもよく分からない様子だ。
対してトーカは全てを見透かしているように話を続ける。
「何をそんなに焦ってるんだい?」
「焦ってる……わけでは……」
「ナズの命があと3年だからかい?」
ヒュッと息を吸う音がした。
自分でも掴みきれなかった核心をつかれて、ヒスイの息が止まる。
「ヤドには死が2度ある。一度目は機械に繋がれる人としての死。二度目は役目を終える時の肉体の死」
指を1本ずつたてながら感情なく話すトーカに、ヒスイはゾクリとした。
「俺もナノカの時。役目を終える時が近づくにつれて自分を追い込むように人を助け続けた。ナノカに平和な世界を見せたくて。ナノカが役目を終えた時には死に場所を探そうとしたくらいだ」
昔、クキとの会話を盗み聞きしたことを思い出す。もういいかなと思ったとトーカは話していた。
「ましてや、お前は一度ナズに助けられている。ナズが全てを見ていることを知っている。心が追い詰められるのは俺の比じゃないだろう」
正体の分からなかった焦りが、重さに変わる。重すぎて潰れてしまいそうだ。
「しかもレインに会ったことで地上のことまで考えるようになってしまった。そんな雁字搦めな今のお前を仕事に行かすなんて、俺はできないよ」
心が重い。ひたひたと近寄るナズの死が、首に手をかける。息が苦しくて倒れそうだ。
俯いて必死に息を吸う俺の頬を、トーカの手が優しく包み込んだ
「お前には俺がいる。だから大丈夫。そう言ってくれただろ」
温かくて大きな手。昔から変わらない。いまだに追いつけない、大きな優しさだ。
「それに。俺だけじゃないぞ。ほら、後ろにもの凄く不満気な顔があるぞ」
言われて後ろを見ると、クキが膨れっ面で立っていた。
「なんなの!なんなの!2人だけで盛り上がっちゃってさ。クキさんだってヒスイくんのこと大事なんだからね!そりゃ、大変なもん背負う気持ちなんてわかんないけどさ。愛は人一倍あるもん!一般人なめんな!」
ギューっと抱きついてくるクキに「なんだかシムトと戦った時のことを思い出すなぁ」なんて言いながら、ヒスイは笑い声を上げていた。
心の重さは消えない。でもそれを支えてくれる手がたくさんあることに気づいた。
「トーカ。無理はしない。レインのこともきちんと考える。だから少しずつでも仕事に行かせて。人を助ける道を選んだのは、俺の意思だから」
トーカは優しく微笑んで、「そうだね」と頷いた。
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