ヨイショ、ヨイショ、ヨイショ、ヨイショ、ヨイショ|Works
こんにちは、爆苦連亡世のがちょんです。あ、違った。つい憧れが高じて詐称してしまった。熊谷よいとこ一度はおいで〜
次の文章は伊是名村で聞き取りした昔の家づくり(ヤーブシン)の様子を情景描写したものです。あまり期待せずにChatGPTに頼んだところ、意外といい感じだったんで(でも出だしだけかな~)、なるべくそのテイストを残し、修文したりオリジナルの調査記録を補ったりしました。
彼女が初めて大工の声を聞いたのは、朝霧の中だった。
夜明け前、まだ空気が冷たい早朝、村に不思議なリズムが響き渡る。木槌の音だ。規則正しく大地を叩くその音は、まるで島そのものが息をしているかのようだった。
大工を呼び寄せたのは父だった。母はいつも通りに振る舞っていたが、その手は普段よりも忙しく、そして嬉しそうに動いていた。大工を迎える日は、村全体に何か特別なものが流れる。
「オオギミジェークが来るぞ!」
大宜味村から呼ばれた職人たちが村にやって来ると、すべてが動き出した。大工たちは一人一人が家の建材をじっくりと見つめ、まるで家がすでにそこにあるかのように、空間の未来を視ていた。
「材木はどうする?」
家を建てる数カ月前から、父は野山を歩き回っていた。島にあるリュウキュウマツは限られていて勝手に切ることはできない。それならば、ヤンバルから取り寄せるしかない。シージャー、イジュ、そしてイーク。これらの木々は、家屋に力強さと美しさをもたらす。
父は、材木が運ばれてくる日をじっと待っていた。波打ち際に埋めておいた島産のフクギは、もう取り出されて敷地に並べられている。
屋根を葺くカヤは、村の共有地カヤモーで育てられたものを使う。刈り取ったあと天日に干され、カラカラに乾いている。カヤだけでは足りないので、ススキやサトウキビの葉を混ぜている。木も草も風も、この土地のすべてがわが家となる。
基礎工事が始まると、父はいつもより少し誇らしげに見えた。地盤は道路と同じ高さにしてある。この地固めは、何もかもが手作業で進められる。木槌や突き棒が地面を叩く音は、まるで大工が大地と話をしているように感じられた。
大工たちは柱、桁と次々に家の骨格を作り上げていく。柱を固定するための礎石を丁寧に置く。ハーヤ(柱)の上部にキタ(桁)を渡し、さらにその上からンニギ(棟木)を架ける作業は、まるで一編の詩のようだった。彼らは黙々と作業を進めるが、その手つきには確かな経験と自信が宿っていた。
「葺くぞ!」
カヤ葺きの作業が始まる。垂木に平行してカヤを積み上げ、竹の網でそれをしっかりと支える。彼らの動きは琉球舞踊の踊り手のように優雅だった。カヤの束が空に舞い上がる瞬間、彼女は小さな有象世界が形づくられていくのを感じた。
三日間にわたる屋根葺きの間、母は村の女たちと協力して、大工に食事を提供する。10時のお茶と天ぷら、お昼にはたっぷりのご飯と汁、そして午後3時には甘いカステラが待っていた。一日の仕事が終わったときには、煮魚や刺身にした魚を出した。そのため、海人の兄が毎日海に出て魚を突いた。
食事の準備ができるたび、大工たちは手を休め、汗をぬぐった。彼女も母とともに忙しさに追われながら、家が形になっていくのを見守った。
家はついに完成した。
彼女の五感には今でも、ノミやカンナが木を削る音、乾いたカヤの匂い、村人の笑い声、そして大工たちの無言の連携が深く刻まれている。家はただの建物ではなく、村と家族の記憶そのものなのだ。