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歌舞伎座ふたたび:はじめての一幕見席

「6 月より一幕見席の販売を再開します」。5 月に歌舞伎座デビューを果たしたときに、この案内を目にする。以来、この一幕見 席という観劇システムが気になっていた。二度目の歌舞伎座体験は、一幕見席編であ る。

一幕見席は、歌舞伎座の 4 階に位置する。1,000 円前後の手ごろな料金で、好きな幕 だけ楽しめる。チケットの販売方法も、入口も、一般席と異なっている。同じ芝居を 見物するのに、完全に差別化されているのだ。これがかえって新鮮で、初心者には 「特別席」のように思えた。

コロナで販売中止になったのだが、それまではいろいろ不便だったと思う。現金を握りしめて窓口に並 び、良席を求めて再び並ぶ必要があったのだから。しかし、その間にデジタル化 が進んだ。再開後は、前の日に、座席の指定から決済まですべて完了する。並ぶ必要 一切なし。全く便利になっていた。

知人に、かつて歌舞伎座に足しげく通ったという老婦人がいる。一幕見席のことを たずねると、 「銀座に出かけて時間があったら、一幕だけ見て帰ったりしてたわねぇ」。 なるほど、「銀ぶら」にこんな選択肢があったのか。新しい楽しみ方、発見。「こんど銀座に出向くときに利用しよう」と思った矢先、絵画教室の先生から個展 の案内が届いた。会場は銀座のギャラリー。さっそくのチャンス到来だ。

午前 10 時。昼の部の開演時間まで間があったので、「屋上庭園」に行ってみた。歌 舞伎座の背後に建つ、「歌舞伎座タワー」の 5 階にある。屋上という限られたスペース に、様々な花木が植えられている。シダレザクラや、コブシ、キンモクセイ、イロハ モミジなど。四季折々に目を楽しませてくれそうな、都会のオアシス的空間になって いる。穴場を見つけたようでうれしくなった。

開演 10 分前。専用の入口から、直通エレベーターで 4 階へ上がる。チケットの代わ りに、スマホに届いた QR コードを読み取らせる。2 列の座席と壁際の立見席が目に入 った。彼方の舞台は、小さい。双眼鏡を持参したのは正解だったかもしれない。

六月大歌舞伎、昼の部の演目は『傾城反魂香(けいせいはんごんこう)』。あらすじに ついては事前に予習しておいた。が、役者には関心を払っていなかった。それが片手 落ちだったかもしれない。主役を演じる市川中車(ちゅうしゃ)が香川照之だと知った のは、帰宅してからだった。まぁ、知らずとも十分に楽しめたので、良かったことに する。

前回、全く見えなかった花道だが、一幕見席からは少しだけ見えた。この値段なの だから、この程度の見え方なのは仕方あるまい。 今回、双眼鏡を持参したのだが、使ってみて色々分かった。たしかにレンズを覗け ば、役者の表情など細部までよく見える。しかし、すぐ横にいる役者が視界から消え ていた。中車の顔芸に見とれていると、芝居において行かれる。往々にして「木を見 て森を見ず」状態になりがちだった。双眼鏡をあてたり、はずしたりしながらでは、 芝居への集中を削ぐ。この席で作品世界に没入するには、細部を求めてはいけないと 知った。

一幕見席は幕ごとに観客を総入れ替えする。この日は一幕と二幕を続けて観る予定をして いた。本来なら休憩時間も同じ席にいて良いのだが、この席の場合、一幕目が終わると強制的に外に出された。休憩時間は 35 分。屋上庭園に 場所を移し、外の空気を吸いながら昼食をとった。

昼の部、全四幕のうち二幕を観終わった。幕間を含め 2 時間 40 分。昼の部を最初か ら最後まで通して観ると、4 時間かかり、午後 3 時になる。時間的な長さを考えれば、 一幕だけ見せてもらえるのはありがたい。しかし双眼鏡なしでは楽しめないのは、「難 あり」だ。

はじめての一幕見席。ディテールよりも手軽さを求めるならば、利用価値はある。 芝居を熟知している歌舞伎ファン、あるいは体験目的なら、舞台との距離は問題にな らず、楽しめるだろう。それに、銀ぶらの選択肢としても、悪くはなさそうだ。 来月は市川中車が宙を舞う。3 度目があるならば、一等席から観たいものだ。

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