空。
土手を行く自転車
感覚の薄れた耳から青へのグラデーション
しばらく家から出ていなかった。
何もかも嫌になって、6畳半の部屋の隅で、天井を見つめていた。
実家からの連絡。
どうせ帰って来いということだろうと放置していたが、このまま何も生み出さずに寝ているだけなのなら、帰ってやらないこともないと思った。
「明日帰ります。」
とだけ送って、久しぶりにシャワーを浴びた。
翌日、馴染みの駅まで新幹線と電車を乗り継いで来た。
駅前の商店街は見る影もなく廃れていて、スーツケースを引きずる音が虚しく響く。
玄関を開けると、母親が不安げな顔で迎えてくれ、自室に荷物を運んだ。
なんだか居心地が悪くて仕方がなかった。私は思い立って、数年来誰にも使われていなかった自転車に跨り、河川敷へと向かった。
土手の上を、風を切って走ってゆく。
地元の空はこんなにも広かったかと驚くほど、視界200度近く全てが空だった。
冬のはじめ、まだ17時なのに空は暗くなり始めて、夕焼けが水面に反射している。
見事なグラデーションだ。
言葉を失う美しさだった。ハンドルを握った腕を伸ばし、重心を後ろに置いて、力を抜いて走り続ける。次第に、自分もこの空の一部であるかのように感じてくる。
冷たい風を受けて、ほとんど感覚を失った耳の裏側から、視線の先の濃い青に向かって、確かに全てが繋がっていた。