よくわからない夢
水中を歩く牛たち
無意識に避けてる棘に触れた日の夢
誰もが、綺麗でない思い出をたくさん抱えて生きている。
その時の自分をどんなに切り離して考えても、一度は深く潜ってしまったから、今の自分と無関係なはずがない。忘れられるはずがない。
きっと深い傷になるだろう。一生忘れられないだろう。
この予兆は、生活の大部分においては外れているけれど、本質では当たっている。
生活の根幹となっていたものがある日を境に失われる時、自分はどうなってしまうんだろうと考える。しかし実際大して変わらなかったりもする。
私たちは寝て、食べて、働いて、また寝る。
なくなったら自分の生活が成り立たなくなると思っていたものを、思い出すこともしなくなる。
いや、思い出さないからこそ生活が豊かになる。
無意識では、その棘に触れないようにどうにか生き方を選んでいる。
それは時間が経とうが変わらない。
友人が過去の写真をインスタにあげていた。
思い出の場所を偶然好きな有名人が訪れていた。
その棘に触れる機会はふいにやってきて、私たちを暗い夜が襲う。
深い眠りにはつけず、夢と現実の境目がぼやける。
どうしてか、私はそんな夜には水辺の夢を見る。
5頭ほどの牛たち。
水牛ではなく、白黒のホルスタイン。
彼らが列を成して、水の中を歩いている。
頭まですっかり水に浸かって、海のような場所を散歩している。
私はそれを、地上から見ている。
水は透き通っていて、牛はゆっくり歩いていく。