侘び寂びの喫茶店「音楽と珈琲」
街おこしが軌道に乗り、賑やかになってきたもちいどの商店街で、ある喫茶店にたどり着いた。
扉まで続く階段を一段ずつ確かめながら、宙に浮く踵が、期待と不安の入り混じる気持ちを助長する。踊り場に着き、心拍数は乱れるまま、息を整え、ひやりとした金色のドアノブをひねる。
かすかにジャズが流れる店内から、珈琲の香りが押し出される。カウンター席が手前に4席ほど、テーブルが奥に2脚ある。話す声はなく、40代と50代の男女がすでに、一人ずつカウンターに腰掛けている。物腰の柔らかい、優しそうな女性に快く案内され、カウンター席の後ろを通りテーブルまで向かう。
冷たい体を椅子に落ち着かせ、しばらくすると湯気の立った白湯がコトンと置かれた。グラスを両手で包みこむと、固まった体がほぐれてじんわりと溶けていく。メニューには「店内はお静かにお願い致します」の一文が添えられていた。
懐かしいような、安心感を感じながら珈琲を待つ間、存在を隠すように本を取り出し、ひらりとページを開く。悠々とせせらぐささやかなジャズと、珈琲を淹れる音に協和する。寒さが深まる秋の終盤に、車が行き交う街路樹の、足元にあるイチョウの葉のように。
アンティークの調度品は鈍いツヤを帯びて、朝露に濡れているような、黒みがかった木目にチーズケーキがよく映える。片田舎の河岸で、凛とした空気にひっそりたたずむ白木蓮の幹が思い浮かぶ。
まず一口、ねっとりと冷たい食感を上顎で味わうと、舌の上で柔らかくなったチーズからラムのビターな香りが広がる。琥珀色の味わいに馴染み始めると、やがてチーズのさわやかなコクが鼻腔に届く。甘さは控えめで飽きない。寡黙な、品のあるチーズケーキだ。
カフェオレは、あっさりとまろやかな口当たりで、喉を過ぎる前に、生クリームのような、熟成されたミルクの風味が鼻に抜けていく。そして静かに消え、珈琲の余韻を残していく。
後ろの本は無口な常連客のように収まり、社会からハミでたものを受け入れる。時折、商店街の往来を見やりながら、穏やかな空間にたゆたう。
2ヶ月前の感覚が忘れられず、回顧する。
一人になりたいとき。生きることに疲れてしまったとき。どうしようもなくなったとき。ふらっと行ってみてほしい。15:30なら席に余裕があった。
心に憩いを。