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「地べたの二人」

以前、訪れたイベントで初めて浪曲というものを見た。
漫才やコント、マジックが繰り広げられていた舞台が暗転し、軽快な三味線の音と共にそれは始まった。
落語も殆ど聞いてこなかった私は、聞けば面白いんだろうけどねぇ…と背もたれにズルりと背中を預け、リラックスした状態で舞台を眺める。

浪曲は落語と同じく、ひとり何役もこなす「芝居」と、時代背景や状況を説明する「語り」、歌うように語る「節」に、それらを盛り上げる「三味線」で構成されているらしかった。

三味線の音に乗って物語が始まる。
演目は「地べたの二人~おかず交換~」玉川大福

ここは神奈川県 川崎か 千葉県だったら幕張か 
港に近いアスファルト 雲ひとつない空の下 同じグレイの作業着で 胸に「日の出電気」と刺繍がある 
刺繍の色はオレンジ色 左の腕には名前の刺繍 
ひとりはサイトウ もうひとりはカナイ サイトウの漢字は難しい方の 
年の離れたぁぁああああ~~
男たちぃ~~~~~~ ベベベンベンベン(盛り上げる三味線)

この時点で、何だ何だと心がざわつく。
時代が現代であるし、関東の身近な話なのである。

※ここからこの浪曲の内容を殆ど話してしまうつもりでいるので、ネタバレされたくない方、これから見ようと思ってたのに!なんて珍しい方はこのページを閉じて下さい。

内容をひとことで言うと、この年の離れた電気会社の作業員が地べたに座ってお弁当のおかずを交換する話である。
それ以上でも、それ以下でもなく、ただそれだけのシーン。
だけど前記した部分とその後に続く語りと節で、私にはその情景がありありと浮かんでしまう。

齋藤は50代の気の弱そうな、冴えないおじさんである。
一方の金井は齋藤の部下で30代、感情の薄そうな男である。もしくは齋藤に対してあまり興味がないだけかもしれない。
言われてもないのに、私の脳内でこの金井は金髪に近い茶髪で映像化されている。
なぜなら齋藤のお弁当が家から持ってきた妻の手作り弁当であるのに、金井の弁当はほっともっと系の、から揚げにタルタルがドーンとかかったお弁当なのである。
茶髪に違いない(偏見)

齋藤はから揚げにタルタルがかかったものを食べたことがなかった。
齋藤は金井のお弁当に入った、から揚げにタルタルがかかったものが食べてみたくて目が離せない。
ここですかさず節だ。
からぁあげにタルタルぅう~~
食べてみたぃぃいぃいいいい~~ ベンベベンベン(盛り上げる三味線) 

食べてみたそうな齋藤に気付いた金井は、いいっすよと一つ齋藤に勧める。
齋藤は遠慮しながらも、それならこっちのメインである鮭と交換しようと提案する。鮭一切れ全部なんて悪いと遠慮する金井。全部のつもりではなかった齋藤。齋藤は鮭半分と皮も付けると言うと、金井は鮭の皮食べるんすか?と驚く。これが一番うまいんだよと気の進まない金井に鮭の皮を食べさせる齋藤。
金井は渋々口に運んで
もぐぅもぐぅ~~~~ もぐぅもぐぅ~~~~ ベベベンベンベン(盛り上げる三味線)
もうここら辺になると身を乗り出して爆笑していた。
もう、何だろう。
この何を聞かされているのかなというカオスは。
大好物である。

そしてやっと念願のタルタルのから揚げを口に入れた齋藤。
どうなる?どうなる?私の気持ちが最高潮に高まった時

ちょうど時間となりましたぁ~ 
また今度と願いますぅ~~ ベンベケベンベンベンベンベンベン(エンディングに一直線の三味線)

うそぉ!!
ちょっと待ってよ!(ちょ待てよ!)
タルタルのから揚げ、どうだったんだよ齋藤さん!
戻ってきて齋藤さん!カムバック齋藤!

齋藤という冴えないおじさんの、から揚げに対する感想がここまで気になることがかつてあっただろうか?
私は無かった(キッパリ)

小説でも映画でも、結末はそちらに託しますよ系が割と嫌いじゃない私も、齋藤さんの唐揚げの感想だけは気になって仕方がない。
それが醍醐味なのだろう。わかってる。
こう思わせたくてやっているのだ。
玉川大福しめしめであろう。
だけどこちらも齋藤だけは逃したくない。
この玉川大福さんの演技が上手すぎて、もう齋藤さんを身近に感じちゃってるのよ。
文章を書いていて、ワンシーンを広げて書くことはよくあることだと思うけど、このワンシーンを書いて話して演じて歌ってって、エキスパートすぎる。
あー、タルタルのから揚げ食べた後、見たかったなぁ。

他の浪曲を鑑賞したことがないからわからないのだけど「地べたの二人」は設定が現代だから話が分かりやすく、シュールでコミカルなところがとても面白かった。恐らく古典のようなスタンダードな浪曲とは全く違うのだろう。
「地べたの二人」というネーミングセンスも好きだな。

寄席で「まってました!」なんて声が上がることがあるけれど、意外に自分はそのタイプの人間なんじゃないかと、複雑な感情に駆られて会場を後にした。

そして、ここに来て「地べたの二人」のYouTubeを貼ろうと思うんだけど、最初から貼れば済んだよね(笑)
何聞かされてるんだろうって話を、文字で書いて人に読ませるという。2000文字オーバーですよ、ええ。


10分程度の動画なので、お時間のある時にでもどうぞ。
では、木曜日お疲れ様でした。乾杯。



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