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#25 ーうつ病みのうつ闇ー 彼がアンカーになった瞬間
誰かが自殺した時に、最も恐れられるのが後追い自殺で、特に重度のうつ病を患っている人は、影響を受けやすいらしい。
私が彼の遺したものを初めて見た時、ひどいうつ状態で死がすぐそこまで迫っていたにもかかわらず、なぜ死に傾かなかったのか…はっきりはわからない。ただ、私の中で起きたことだけはわかる。
もちろん、私も読めば心が揺さぶられ、胸が切り裂かれるような痛みが走る。押し潰れてしまいそうに苦しくて、共感できるからと言って、決して嬉しいというわけではない。
それを見た時、胸が絞めつけられると同時に思ったのは『ああ、私の中にあるのと同じ言葉がここにいる』ということだった。
その言葉・その表現・その言い回し――私の心の中に、浮かんでは消えていくものたちだった。
私の中にある、理解されない感情や葛藤を表す言葉たち。他人から同じことを言われて、傷つき苦しんだ。気づいて受け入れて欲しいと願いながらも、絶対に知られないように隠してきた、大嫌いなもう一人の自分。
『なぜ生きなければならないのか』という幼い頃からの問いと『ただ生きている』という理解できない答え――理解されない・理解できないことが、ひとつひとつ重なり、周囲が遠くなって孤立していく感覚…
周囲から見れば、羨ましい成功者―—濃厚(のうこう)に生きて、光も大きかったが、影である苦痛や苦悩も大きかった…彼のような立場になったことなどないので、わかるはずもないが、考えただけでどっと疲れる。
彼にエールを送って、ふと『同じ言葉を抱えた彼が、こんなに頑張ったということは、彼ほどではないにせよ、私も少しは頑張ったんだ』と、思えた。そして初めて、自分を褒(ほ)めていいのかも…褒めるに値(あたい)するのではと思えた。
世の中では、自分を褒めることを推奨(すいしょう)しているが、私は自分を褒めるということが出来ない。
他人から褒められても、それが相手の本心だとはまず信じられないし、居心地(いごこち)が悪くなって、早く話題を変えたくなる。気づかれないように、冗談めかして話題を変えたりする。
自分を褒めるということにひどく抵抗を感じて、そんな自分を責めたりする。だから誰かに『自分を褒めてあげて』などと言われたりすると、実は内面では傷ついている。
おかしな話だと自分でも思うが、考えてみれば自分を憎んでいるのだから、褒められるはずもない。そんな私が、安心して自分を褒めることができる。私にすれば、これは奇跡に近いことなのだ。
彼と『いや、マジでこういうこと言うヤツ、どこにでもいるんだね』『私のかかった医者はね…』『あの憂鬱って、普通の憂鬱って言うのとはわけが違うよね』などと、私の中で会話が成立している。
『辛かったね。大変だった。ほんとに頑張ったね。よくそこまで頑張ったよね』とエールを交わす。
それから『私はあなたに救われたから、もうちょっと頑張ってみるよ。もしも私も使命を果たせれば、私を救ってくれたあなたは、もっともっと救われるようになるはずだから、できる限りやってみるよ。
でも、もし力尽きて向こう側に落ちたら、それでも許してくれるよね…だから安心して頑張れる。責められると思ったら頑張れないよ。ありがとね』――心の中で小さな誓いを立てる。堅い誓いではないが、今私にできる彼への精一杯のお返し、感謝の印…
心の中に温かい光(ひかり)が燈(とも)り、言葉にできない安心感に包まれる。人は自分のためだけに頑張るよりも、自分以外の誰かや、大切な何かのためになら、もう少し…頑張れるということがある。
その『もう少し』を『あと一歩だけ』『あと一歩だけ』と積み上げて、何とか生き延びた。足を踏み外して落ちても、どこかに流されそうになっても、アンカーとそこに結ばれたロープが、私の重みを受け止めてくれた。
重要な役割をしてくれた彼は、私にとってとても大切な存在だ。私の中にはルールがあり、彼に対して越えてはならないラインがある。一つだけ明かせば“絆”と“約束”という言葉を使わないこと。
このタイミングで彼と出会い、闇に堕(お)ちそうな私を、間一髪(かんいっぱつ)で救ってくれたことに不思議な縁を感じるが、“絆”と“約束”という言葉を使うのは、彼に申し訳なくて、また失礼な気がしてできない。
“絆”と“約束”という言葉は、相互(そうご)の関係性の中に、生まれるものだと思う。私と彼の関係性は、彼から見れば相互のものとは言い難い。それなのに、その言葉を私が勝手に使うことは、あまりにも図々(ずうずう)しいと思ってしまう。
そして、彼が誰か…けっして明かすことはないだろう。彼を知る人がいるかどうかは別にして、万が一にも彼を傷つけたくない。彼を利用するようなこともしたくない。
ここにいる彼は、あくまで私の世界の中の彼だ。私は彼のことなど、何も知りはしない。絶対に…私を介(かい)して、彼を冒涜(ぼうとく)されたくない。