わたしの好きなものもの・1
『夢のつづきのそのまたつづき――リッペルのぼうけん』
パウル・マール 作・絵 上田真而子 訳 偕成社 1988年
人生で一番本を読んでいた時期といえば、幼稚園から小学生の頃だろう。母曰く「読み聞かせはほとんどしたことがない」というくらい、わたしは小さい頃から自分で文字を追うのが好きだった。本を読んでいるとまわりの大人が褒めてくれるから、なおさら得意になって読んだ。おもちゃはあまり買ってくれなかった両親も、本ならば買ってくれた。親戚も本を熱心に読むわたしを面白がって、よく本屋に連れて行ってくれた。なんでも買ってあげるよというので、小狡いわたしはここぞとばかりに両親が渋る少し高い本を買ってもらった。函入りのピーターラビットの絵本セット、魔夜峰央のタロット本、魔女っ子入門(当時の夢は魔女になることだった)。このとき買ってもらった本は、いまでも大事に持っている。
小学校低学年の頃に、地元に図書館ができた。大人たちはそれまでどこでどうやって本を読んでいたのだろうといまになって不思議に思うが、それについてはわたしの与り知るところではない。記憶が確かなら、小学校では4年生からしか図書室の本を借りることができなかったので、どんな本でも貸してくれる町の図書館は、わたしにとってはまさに大人の世界だった。一人10冊二週間。わたしは自分のカードと母のカードを使って、文字どおり山ほどの本を借りて読んだ。いまは同じ本を再読することはあまりなくなってしまったけれど、子どもの頃のわたしは気に入った本を何度も何度も繰り返し読んでいた。なかでも特に気に入っていたのが『夢のつづきのそのまたつづき――リッペルのぼうけん』というドイツの物語だ。
本が大好きなリッペルという名の少年が、両親不在の一週間のあいだ世話をしにきてくれたヤーコプさんに本を取り上げられてしまい、物語のつづきを毎晩夢で見るようになり、冒険をするという話だ。表紙に描かれたそばかす顔の男の子の、鮮やかな赤毛と黄色いレインコートが印象的だった。
トルコから転校してきた兄妹、オリエントの世界、『千夜一夜物語』、階段下の小部屋で飲むレモネード、エシュケおばさんが作ってくれるサクランボやいちごの砂糖煮。物語のなかに登場するなにもかもが、自分の知る世界とはまったく別のもので、板チョコをかじりながら本を読むのにたまらなく憧れたし、牛乳パックやヨーグルトについた点数を集めてみたくてしかたなかった。
でも、なによりもわたしが気になったのは、表紙に書かれたカタカナと漢字、ふたつの名前だった。
パウル・マール 作・絵
上田真而子 訳
母に尋ねると、この上田真而子さんというのは「ほんやくか」という人で、外国語で書かれた物語を日本語になおしてくれているとのことだった。「ほんやくか」のおかげで、外国の物語を読むことができるのだ、と母は教えてくれた。なんて素敵な仕事だろう。外国語を日本語にする? まるで魔法じゃないか。この瞬間、わたしの夢は魔女から翻訳家になった。
『夢のつづきのそのまたつづき』を手元に置きたくて、ずいぶん探してまわったけれど、見つけることは叶わなかった。だからわたしは中学生になっても高校生になっても、定期的に図書館に会いに行った。わたし以外にこの本を借りる人はいなかったのか、黄色いレインコートを着たリッペルはいつだって同じ場所でわたしを待っていてくれた。ごくごくまれに棚のどこを探しても見当たらないことがあり、そんなときはわたしの夢ごと誰かに盗られてしまったように思えて気が気ではなかった。
月日が流れていま、この本はわたしの手元にある。大人になって、ネットで手に入るとわかったとき、買うべきかどうかずいぶん悩んだ。憧れは憧れのまま、少し遠くに置いておくくらいのほうがいいのではないか、手に入れたことで逆に夢を忘れてしまうのではないかと不安だった。でもそんなことはなかった。行き詰まったり悩んだりしたとき、わたしはこの本を開く。本棚に並んだ背表紙を見るだけでも、子どもの頃のわくわくとした気持ちが蘇る。そうだった、わたしはこのわくわくを広めたいのだった。うまくやろう、間違えないようにやろうということばかり考えて、わくわくを伝えたいという気持ちをいつのまにか忘れていた。リッペルはいつもわたしに大切なことを思い出させてくれた。この本はわたしにとってのお守りだ。なにかあったときは絶対に持って逃げなければ、そう思っている。
ところで、上田真而子さんは『はてしない物語』の訳者として有名だが、そのせいか「上田さんはエンデの奥さん」と長年記憶違いをしていた。『はてしない物語』、実は最後まで読み通したことないんだよな。今年はちゃんと読んでみたい。