経済識障害

 「経済識障害」は私のオリジナルだからいくら検索しても本を漁ってもでてこない。
 私の解説を読むしか意味を理解する方法はないわけだ。
 Xのポストでは何度もこの語を使っているので、それを読んでいけば定義されていなくとも凡その意味は解るだろう。

from:Sleepingcat184 経済識障害
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 「経済識障害」とは「経済という現象を恒常的に正しく理解することができなくなっている意識と知性の状態」を意味している。
経済現象を理解する知性に間違った認知バイアスを固着させた知性・意識の疾患と言っていい。

 「経済識」に関する認知の歪みはそれ以前にも存在したが、とりわけ1985年プラザ合意以降生じて来た一連の経済に係わる認知バイアス群に凝り固まった経済識を「経済識障害」と呼ぶ。
 「前川リポート」に代表される内需拡大の大号令に従うように、メディアによって繰り返し喧伝され刷り込まれたことや、実際に成金化した下部構造の変容によって自発形成させてきた「成金意識」によって固着してしまったものを総称したものが「経済識障害」なのだ。
 1991年2月以降現在に至るまで連綿と続く30年超の「空前の下り坂」は、国民全体に蔓延するこの「経済識障害」が原因といっていい構造性の不況である。

 経済識には、三段階の経済識異常がある。
経済音痴
経済識障害
経済白痴
 軽症から重症へと深化するに従い、上から下へと呼び方が変わると理解されたい。

 「経済音痴」は、門外漢や無関心のために正確な理解をするのが劣っている状態で、主に経済に関して素人でよく知らないことを自覚していて、積極的な発言をしない不見識者のことである。
 「経済白痴」は、経済そのものが全く認識できない、経済と無関係なところに生きている人間のことだ。理解する気も、理解できるだけの知識や知能もない者のことである。
 最も厄介なのは「経済識障害」で、多くの場合、自分は経済のことをよく知っている、よく理解していると自意識しているが、実際には全く間違っているという種類の人間だ。
 経済現象に関して積極的にものを言う企業経営者や、テレビ新聞雑誌などで経済の専門家としての肩書を冠し、その識見を評価され選ばれて発言する有識者でありながら、経済を理解していない者どもがこれに該当する。

 経済識障害は、勘違いした経済有識者の「経済に関する識見(経済識)」である。
 経済に関する無意識無自覚なデマゴーグは皆経済識障害を患っている。
 経済学の修士・博士号を持つ者にも無論経済識障害は蔓延している。
 経済学をいくら学んでも正しい経済識は身につくものではない

 経済識障害を患った経済専門家やメディアにはいくつも認知バイアスが脳内に装置されており、その多くは1985年プラザ合意を機に始まった内需拡大ブームの時に刷り込まれ、継承されてきたものだ。

 経済識障害の典型的な認知バイアスの実例をいくつか示しておく。

雨乞い経済識

景気は気だから気分をよくすることで景気は回復する」という信念に基づき、不況克服の方法としてひたすら祭りをしようとする認知バイアスである。
 要するに、農作物の不作が予想されるような日照り続きの天候に対して、雨が降ってくることを祈願して祭りをする村人の雨乞いを髣髴とさせるから「雨乞い経済識」と名付けた。

 オリンピックを招致してその「経済効果」によって景気をよくすることを画策する政治家、役所、民間企業などが「雨乞い経済識」の代表だ。
 大阪万博を企画した堺屋太一や橋下徹氏はまさに雨乞い経済識に基づいた経済識障害である。
 この種の経済識障害者は、循環性の不況と構造性の不況の区別ができない
 循環性不況は、まさに気分に影響されフロー(流動性)を選好したり、ストック(貯蓄)を選好したりすることによって起こる循環性の波のような不景気・好景気の繰り返しだ。
 循環性不況の時は、財政を赤字化してでも財政出動し、公定歩合の引き下げから量的緩和まで金融緩和政策によって市場に出回る流動性を高める方法が有効だろう。
 ケインズ主義的政治経済政策はこの方法をとるのが一般的だ。
 しかし、「景気は気だ」という理解は構造性不況に関しては全く的を外している。
 構造性不況時にいくら財政出動・金融緩和政策を積み重ねても効果は一瞬で雲散霧消する。
 これを「流動性の罠」などと大仰な言い回しで表現した学者もいたようだが、事実はもっと簡単な話だ。
 構造性不況は、「気分」ではなく「意識」によって生じるものだから、意識に認知バイアスが存在する限り、気分に係わらず同じ消費選好をし続けるのだ。
 構造性不況は「意識」が作り出すということを理解せず、循環性不況対策としての形式的な財政金融政策をやりながら、「気分」をよくし世の中のムードを明るくすることに終始し、膨大な財政赤字を積み増してゆくことを止められない者どもが患う病んだ経済識が「雨乞い経済識」という経済識障害である。

賭博師経済識

 マスコミに圧倒的に多かった経済識障害の認知バイアスだ。
 これを患った者どもは「株価=景気」と信じている。
 経済とは株価の変動と一致しており、株価が上がることが好景気だと誤解している。
 銀行や証券業界の専門知識自慢であり、株為替先物などの投資という名の博奕で勝ち金儲けができたことを経済を知っていることの証と自認している。
 投資という名の博奕には精通しており、ヘッジファンド的な利益を追求したい者どもには信用できる経済識だ。
 彼らにとって「景気とは企業業績の総和」であり、不況時に利益を上げている希少な成長企業を特筆して賛美し、その真似をすれば他の企業も利益を得られるようになりひいては日本経済が好景気になるという思考パターンに依拠する。
 現実には国民経済とは、各企業業績の総和で成長するものではない。
 企業は、今ある100という国内需要を単に奪い合っているにすぎず、その需要を100の企業で奪い合い、1社で5の需要を掠め取れば、最低でも5社が1つの需要もとれずに倒産するようにできている。
 企業活動は、今ある需要を奪い合うただの椅子取りゲームかロシアンルーレットにすぎない。
 問題は、国内総需要の100が、明日には99に減り、明後日には98に減ってゆくことであり、それが構造性の不況なのだ。
 賭博師経済識には、100の総需要の中からどれだけ奪い取れるかにしか興味がなく、100が99に減ろうが101に増えようが関係なく、その日の椅子取りゲームを戦うだけの経済識しか持ち合わせない。

 要するに経済識障害を引き起こす認知バイアスは合理性のない信仰の一種であり、メディアを通じて視聴者大衆がマインドコントロールにかけられている状態なわけだ。

 これらは「経済識障害」のほんの一例にすぎない。
 1991年以来33年に及ぶ「日本経済空前の下り坂」は、これ以外にも多数の認知バイアスによって歪んだ認知の総体である「意識」によって形作られ守られ続けている構造性の不況なのだ。
 その主たる意識の態様を「成金意識」と表現するがそれはまた別の機会に解説するだろう。

※ ※ ※

 私の思想は、どこかの本からの拝借や受け売りしたようなもののほとんどない、私自身の頭で考えてオリジナルに構築したものの体系だ。
 その集大成が、自然法から直に自然法司法試験合格を通知された思想体系なわけだが、オリジナルであるがゆえに他者に伝えるための窓を持っていなかった。
 1988年3月5日午前3時40分に悟った瞬間より、思想の外化=自己相対化をする必要が生じ、色々な既存の言葉や概念を自らの思想用語と擦り合わせ、他者に伝わるように努力はしてきたが、思想そのものが独創であり、他の陳腐な一般的言説にもっていかれるのは不本意だ。
 従って世間で知られる言葉の意味との違いは明確にしておく必要があり、こうやって時々用語解説をしてみるわけだ。

 私独自のオリジナル概念装置を、定義もなしにいきなり使っている場合がけっこう多いので、それを解説するシリーズである。

空前の下り坂
https://note.com/bright_bee106/n/n2c71413dbc34
同一化
https://note.com/bright_bee106/n/nc43ef40952ce
自己実現症候群
https://note.com/bright_bee106/n/ncfaf9b413922

と過去解説してきたが、今回は「経済識障害」だったというわけだ。

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