海峡とニッカウヰスキーの夜
国生みの聖地・淡路島に研究室旅行で訪れた。
何度か来たことがあるその島は、毎回違う表情を見せてくれるから不思議だ。
研究室旅行は、普段はそこまで話さない先輩方とも親交を深められるいい機会だ。そして、それぞれの見たことのない側面が見えて面白い。
車内ではそれぞれの選曲するおすすめ曲が輪番で流れ、音楽の趣味を窺い知ることができる。
音楽の趣味は、その人が何を頼りに人生を歩んできたかを測る絶好の試験紙だ。
修士二年の先輩は、ヒップホップもロックもポップスも総じて聴く、根っからの音楽虫だった。
各人の意外な音楽素養に、思わず語る口を止められなかった往路。車窓には水面をちらちらと飛ぶ陽光が映っていた。
1日目の午後はBBQのため、私たちは地域の商店で酒の買い出しをした。
おすすめの鍛高譚を買ったが、旅の果てには忘れられて、今は自宅で出番を待っている。
皆酒が好きだから、孤立せずありがたい。
BBQでは海鮮焼き場を担当した。買っていた純米酒を貝に注ぎ酒蒸しにする案を思いついたとき、みんなから歓声が湧き上がったことを今でも覚えている。なにより、焼いている最中に猫が三匹寄ってきたことが、美味しさの証だ。
BBQも終わり、あたりは更けた夜の景色だった。
山の頂には慰霊塔が燦然と輝きを放っており、さながらSF映画に登場するモノリスであった。
先輩から「タバコ吸ったことないねん」と不意に話しかけられた。私も喫煙者ではないが、偶々貰い物のハイライト・メンソールを持っていたため「吸います?」と返答。
淡路島の星を見上げながら、ふたり煙をふかした。煙が空高く、星に触れていくような気がした。
「夜の海を見たい」
1人がそう呟いた。
その呟きは、全員の代弁であり、海に行く号令でもあった。暗闇をメンバー皆で闊歩していくと、堤防まできた。堤防から続く道はこれまでより格段に暗い。
堤防沿いの道がどこまでも海峡に続いていくような気がした。
海の猫が屯するあたりで立ち止まり、ブラックニッカのボトルにスマホのライトを当てて灯火とした。
「きれいー」
という先輩の声。海の彼方には徳島が見える。
生ぬるい風が早く帰りたい欲を湧き上がらせる。でも、もう少しここにいたい。
その場で注がれた、潮の香りの混ざったハイボールは、いつもより琥珀色だった。
「きれい」といった先輩は、そのあと元彼との哀しい話を披露し、私たちの励ましの中で携帯の写真を泣きながら断捨離した。
ひと段落してもまた次の展開が生まれる、波のように終わりのなき夜だった。
淡路島が見せる数多くの表情。
光もウイスキーボトルを通して、そんなように表情を変えて「ああ綺麗ね」と思わせてくれる。
人生のまだ見ぬ景色を導いておくれ。