てんまこ

齢60を過ぎて、次第に遠のいていく思い出を、仏教美術や旅の話題を交えながらこの機会に書…

てんまこ

齢60を過ぎて、次第に遠のいていく思い出を、仏教美術や旅の話題を交えながらこの機会に書き留めておこうと思います。

最近の記事

岩木山麓の蘇りの湯? 名湯三本柳温泉

ついに待ちに待ったお風呂解禁の日を迎えた。 帯状疱疹を患い、8日ぶりの風呂だった。 連日の猛暑で汗だくだというのに、帯状疱疹でシャワーもお風呂も禁止。疱疹も酷かったが、絆創膏かぶれもできてもう限界だった。それがついに解禁! 自宅の浴槽に温めのお湯をためて身を沈めたとき、あまりの気持ちよさに放心状態。そしてふと頭に浮かんだのは小栗判官の蘇生伝説だった。紀伊半島の熊野にある「湯の峰温泉」のつぼ湯。あの世から餓鬼の姿でこの世にまい戻った小栗判官が、つぼ湯の湯治で蘇りを果たしたと

    • 日本三大秘湯 谷地温泉でぬる湯天国

      日本三大秘湯のひとつ、青森県谷地温泉はぬる湯天国である。 ぬる湯を愛する人には天国だか、じっとしているのが苦手な人はダメかもしれない。とにかくじっくり、じっと湯につかるのだ。 ぬる湯は副交感神経優位になるといわれていて、「疲労回復」、「リラックス効果」はもちろん「胃腸の働きと活性化」や「安眠」も期待できるとされる。そんなぬる湯がある谷地温泉に、昨年の夏に初めて一泊し、今回は二度目の来訪だ。前回の宿泊時、ここでぐっすり熟睡できたのに味をしめて今年も来た。私は中途覚醒してしま

      • 高村光太郎のことⅢ 木彫『油蟬』

        今年の夏は、全国各地から酷暑の便りがとどく。 涼を求めて車を走らせると、頭上から降るような蝉の音。蝉時雨だ。 ジジジと鳴くのは油蝉、ミンミン蝉はその名のとおりで、カナカナカナと鳴くのは秋の蝉ヒグラシ。 今は油蝉の命あらん限りの音が濃い緑に満ちる夏山だ。 高村光太郎は昆虫のなかでも特に蝉が好きだったようで、木彫の蝉をいくつか残している。掌にのるほどの小さな愛玩物。彼のよき理解者だった妻智恵子が、これを袂に入れて持ち歩いていたと伝えられている。 高村が彫った愛すべき小さな

        • やまがた 本山慈恩寺Ⅱ 八咫烏の謎

          本山慈恩寺を訪ねて、もうひとつ発見。 修理中の本堂を出ると、すぐ脇には薬師堂と阿弥陀堂が並び建っていた。 薬師堂は人気のスポットで、そこには本尊薬師如来坐像および日光・月光菩薩立像(鎌倉時代)が安置されている。そして薬師三尊像の背後を守るようにして、有名な木造十二神将立像(鎌倉時代)が所せましと並んでいた。 お堂の中は無粋なバリアもなく、素晴らしい像を間近に観ることができた。もちろん監視員の方がいて不測の事態に備えて見張っていらっしゃるが、なんとも贅沢としか言いようのない

        岩木山麓の蘇りの湯? 名湯三本柳温泉

          やまがた 本山慈恩寺 魅惑の朽ち仏

          6月に二度、山形を旅した。一度目は若松寺と山寺を参拝。そのときのタクシー運転手さんに慈恩寺も素晴らしいよ、と紹介されたのがきっかけで意を決してやってきた。慈恩寺の名は知っていた。ここには国指定重要文化財の鎌倉期の仏像がたくさんあると聞いていたからだ。 早朝、初めて山形新幹線に乗り山形駅で左沢線に乗り換える。左沢? 左沢は難読地名として有名だそうで「あてらざわ」と読む。名前の由来はアイヌ語?そして乗り換えの待ち時間がめっぽう長かった。 本山慈恩寺はさくらんぼで有名な寒河江市

          やまがた 本山慈恩寺 魅惑の朽ち仏

          酸ヶ湯温泉湯治 初夏の巻Ⅱ

          酸ヶ湯温泉の夜が明けた。 部屋の窓は障子状の二重サッシだから、午前四時ともなるとかなり明るい。泊り客が朝風呂へと繰り出す足音が次々と響く。温泉三昧の幕開けである。 まずは、午前7:30に食堂に向かう。酸ヶ湯温泉旅館の朝食はバイキング形式である。筋子等の青森の美味しいものを少しずつ食べられる酸ヶ湯温泉のバイキングは気に入っていたのだが、最近の物価高の煽りを受けて近頃はあまり特色が無い。それでも、白米の銘柄は「津軽ロマン」、味噌汁は「けの汁」、自家製豆腐などが並び、日によって多

          酸ヶ湯温泉湯治 初夏の巻Ⅱ

          酸ヶ湯温泉湯治 初夏の巻

          夕方五時過ぎにチェックインして部屋に入ると、カエルの大きな鳴き声に驚いた。まだ6月半ばだというのに季節外れの暑さで、ついにカエルたちも狂ったかと思うほど。雲上の霊泉、酸ヶ湯といえども、この日は蒸し暑かった。 いつも部屋をとる湯治棟3号館の窓越に、向かいの湯治棟6号館の木造建物が見える。前回今年一月には軒先から大きな氷柱が伸びていたのだが、いまは遮るものは何もない。夕暮れ時、それぞれの部屋に明かりが灯って趣ある風情。 この度は夕食無しの二泊三日のプラン。初めての自炊だ。チェ

          酸ヶ湯温泉湯治 初夏の巻

          能『邯鄲』 夢から目覚めて 

          2月上旬、生涯の恩人 Y氏の夫君を訪ねた時の事だ。 30年ぶりの再会の時、私たちはお互いの容貌の変わりようにしばらく言葉を失った。知らない人を見るような困ったような顔。夫君は今年91歳を迎える。 かつて暮らした街並みはすっかり変わっていて、武蔵境駅南側に広がる果樹園だけが当時の雰囲気を残していた。かつてそこに日本を代表する絵画修復工房があったのだ。曖昧な記憶の底から小さな種を拾うように、二人で亡き人の思い出を語りあった。 その日の午後、銀座に向かった。コロナウイルス感染

          能『邯鄲』 夢から目覚めて 

          酸ヶ湯温泉湯治 冬の巻Ⅱ

          前回の酸ヶ湯温泉湯治で書ききれなかった、その続きである。 酸ヶ湯温泉は硫黄泉(硫化水素型)だ。強い硫黄臭があって皮膚や衣類にも匂いが移り、温泉に行ってきたと分かってしまうほどだ。硫黄泉には血管拡張効果があり、血流改善に伴う温熱効果やデトックス効果が期待できるという。 一方、酸ヶ湯というその名のとおり酸性の湯なので、皮膚に対する刺激が強く、皮膚または粘膜が過敏な人、皮膚乾燥症の高齢者などは注意が必要だ。じんわりと骨身に染み入るようないいお湯なのだが、今回の滞在では肌にピリピ

          酸ヶ湯温泉湯治 冬の巻Ⅱ

          酸ヶ湯温泉湯治 冬の巻 

           正月明けて、今年度2度目の酸ヶ湯温泉旅館湯治である。  酸ヶ湯温泉は八甲田山麓の標高925mに位置し、雲上の霊泉とも称される。前回の滞在は6月半ば。初夏にもかかわらず蛇口からの水はキリリと冷たかった。  さて今回は暖冬とはいえ、酸ヶ湯は深々とした積雪で真っ白に覆われていて、山スキーを目当ての客で大変な込みようだ。しかも外国人客が多い。    酸ヶ湯温泉旅館には旅館棟と湯治棟があり、様々なタイプの部屋が用意されている。いつもの部屋、自炊棟3号館の6畳間は一人分の布団を敷いて

          酸ヶ湯温泉湯治 冬の巻 

          報恩寺 五百羅漢

          7月17日、夏の盛りに盛岡に旅をした。 片岡球子の「面構展」を岩手県美に観に行った折に、報恩寺五百羅漢を訪ねた。父に連れられて行ったのは中学生だったので、かれこれ半世紀ぶりになる。 盛岡駅から市内中心部を走る循環バスでんでん虫号に乗り、本町通りバス停で降りた。そこから寺町の方に徒歩で進む。当時、報恩寺までどのように向かったのだろうかと、父と並んで歩く幼い自分を想像してみる。スマホを頼りに歩くと交差点に交番、その向かいに病院が現れる。ここはどこかで観た風景だ。こころに引っか

          報恩寺 五百羅漢

          高村光太郎のことⅡ 書「般若心経」

          地元の寺で写経を習い始めて1年が経とうとしている。先週、師匠からお借りした古い書道雑誌の頁をめくっていたら、高村光太郎の書が目に飛び込んできた。大正13年、光太郎が42歳の時に書いた「般若心経」だ。 この写経について、弟の豊周(とよちか)が次のように記している。 これまでも高村光太郎の書はいくつか見たことがあったが、自分が写経をしているせいか、端正で気品に満ちた「般若心経」に目が釘付けになった。素人だから書の巧拙はわからないが、誠実で細やかな人柄を感じた。紙面に配置される

          高村光太郎のことⅡ 書「般若心経」

          熊野古道 小広王子から

           湯の峰温泉で湯垢離を済ませた明くる早朝、本宮大社駐車場にレンタカー車を置いて、今回のスタート地点、小広王子を目指してバスに乗った。  国道311号線沿いの小広王子口バス停で降りて国道を渡り、急傾斜の舗装路をひたすら登る。あたりに案内はなく、たまたま通りかかった軽トラに道を聞けたのは幸運だった。後で知ったが、小広峠はその昔昼間でも暗い山道で、旅人は野獣や魔物に怯えながら旅したという。  ここでふと嫌な予感がよぎった。この旅行に備えてトレッキングシューズを新調し、不意の雨に備

          熊野古道 小広王子から

          熊野 湯の峰温泉

          12月初旬、熊野を旅した。日が暮れかかる頃、新宮市から湯の峰温泉を目指して車で走ると、やがて雨粒が落ち始めた。南紀線の電車に揺られた朝方は、青い空がまぶしい程の好天だったのに、山深い温泉に到着する頃には傘無しでは歩けない程の雨である。湯煙のあがる鄙びた風情と湿った雨の匂い、硫黄臭に包まれて、旅の緊張がゆるゆるとほどけていった。宿泊先である4階建ての民宿を見上げると、切立った崖に細長く張りつくように建っていた。  湯の峰温泉は熊野本宮大社へ参拝する前に温泉の湯で潔斎をする湯垢

          熊野 湯の峰温泉

          盂蘭盆万燈会

          北東北地方では大雨が続いて、今現在も停電や電車の運休が続いている。そんな折、久しぶりに陽が射したので、行くのを半ば諦めていた盂蘭盆万燈会の会場に向かった。 盂蘭盆万燈会は、地元にある真言宗の寺が毎年催している行事で、大小の何百という灯籠を寺の境内に置き、先祖の御霊を供養するものだ。 寺に着くと見た、久しぶりの夕焼けが美しかった。夕方の薄暗い境内に、小さな灯籠が柔らかな光を抱いて、辺り一面に灯されていた。小さな灯籠は、故人の戒名や氏名、申込者等が記された紙様のシートと蝋燭だ

          盂蘭盆万燈会

          『禁じられた遊び』 紫陽花

          山紫陽花が少しずつ色を濃くしている。紫陽花が咲くと、シジュウカラの弔いを思い出す。小学生の頃、シジュウカラを飼っていて、その世話は私の役割だった。鳥籠に敷いていた新聞紙を取り換えて掃除したり、庭のハコベを摘んでの餌やり、飲み水を用意するのも。 その世話が少し億劫になり、それを怠ったある日の午後、学校から帰ると、細長い容器に白いからだを逆さまにしてシジュウカラは硬く冷たくなっていた。喉が渇いて、頭が抜けなくなるほど水を欲していたんだ。初めて死というものを目撃した忘れられない出

          『禁じられた遊び』 紫陽花