労働と安楽のロッキングチェア
シェーカーについて学ぶ以前、家具製作に携わるまでは、私はロッキングチェアは快適に寛ぐための『安楽』のための椅子だと思っていました。
もたれ掛かり、時には沈み込むほどに体を預け、ゆらゆらと揺れる。
気持ちの良い、寛ぎの椅子。
こういったロッキングチェアに対する、リラックスやチルアウトのイメージは決して間違いではありません。
傾き、揺れるロッキングチェアの機構は、足元から背中に至るまで身体の重心がその時々で分散、変化するため、長く座ることで生まれる身体への負担を軽減させてくれます。同じ姿勢を続けるということは、精神的にも身体的にもストレスが大きいようです。
シェーカーの人々も、最初期には老人や病気がちな人に向けてこの快適な椅子を用意するようになり、やがて、年齢や性別に関わらず多くの信徒がロッキングチェアを使用するようになりました。
コミュニティ内では宿舎や作業場など各所に置かれ、日常的に利用されていたようです。
このように利用する人や集団に配慮し、快適性や利便性を追求、優先する物作りの価値観は、シェーカーの人々の根本的な考え方でもあります。
一方で、1日の大半を労働と仕事に費やし、日常の所作に細やかな規律が定められたシェーカーの厳格な暮らしにおいて、現代の私たちが『安楽』のための椅子にイメージするような、ロッキングチェアにもたれ掛かりリラックスする時間や脱力的な態度はマッチしないようにも感じられます。
むしろシェーカーの人々は、自分たちの教義や思想的側面から、ロッキングチェアを『労働』を快適にするために採用していた一面があります。
この『労働』のためのロッキングチェアーという視点は、私たちの抱くロッキングチェアーの感覚とは異なり、とてもユニークなものに思えます。以前の記事にも触れましたがシェーカーの人々は労働、仕事を効率よく、かつ合理的に行えるように積極的に労働環境を改善しました。
その施策の一つにロッキングチェアの利用が挙げられます。
針仕事、縫い物などの手元での作業の際にロッキングチェアに腰掛けたシスターの様子が写真や資料にも残されています。ソーイングロッカーと呼ばれるロッキングチェアーはまさにそういった用途が想定されています。適度に揺れ、傾くロッキングチェアは、長く椅子に座らなければならない状況には好ましい実用的な椅子だったと考えられます。
シェーカーの思想的には『労働』は修行や苦行ではなく、神との繋がりを見出す特別な行為でもあり、必ずしも『安楽』と対極的な位置にある活動ではないとも考えられます。
また、シェーカー教徒としてのコミュニティーでの暮らしは、地上の楽園での暮らしと同義でもあります。その点を踏まえると、彼らにとっての『安楽』の時間は『労働』を含めた日々の暮らし全体を包括していた、など更に深く、彼らの精神性や労働観について考えることもできます。
シェーカーの『安楽』と『労働』のためのロッキングチェアー、その用途や思想的な背景は知れば知るほど興味深く、個人的にも関心の高いアイテムの一つです。