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Fieldwork #2 Watervliet 2/2



Watervlietの位置するオルバニー周辺は、特に森林と土壌の問題を抱えていました。特に沼沢地として知られるような土地でした。そのため、当時、シェーカーの人々は比較的安価にこの土地を購入することが出来たそうです。
彼らの入植における開墾作業において、木の伐採に加えて、地質の改善が急務となりました。


Ann Lee Pond

彼らは溜池を作り、その土で周辺を埋め立てることで、徐々に居住と農業の可能な土地へ改善していきました。

Ann Lee Pond

今もWatervlietサイトにはAnn Lee Pondという大きな池が残ります。
池の周りをハイキングすることも可能です。シェーカーサイトはどこに行っても大抵ハイキングコースがあります。周辺の建築の名残を見ると、水源としてどのように利用されていたのかを推察しながら歩くことが出来ます。

ハイキングコース


結果的に言えば、ウォーターブリットはコミュニティとして経済的な安定を得ることに成功しました。コミュニティーは4つのファミリーで形成されました。
シェーカーコミュニティにおけるファミリーという区分は、産業や生活を共にする実際的なグループとなります。

それぞれのファミリーは、基本的にそれぞれに異なる役割を担っています。例えば、川の上流に住むファミリーは、一次加工、伐採した木の製材や、収穫した穀物の製粉などの役割を担うことが多いようです。
チャーチファミリーは中心的な信徒の集まりであり、礼拝を行うミーティングハウスや製品を作り上げる様々な工房などがあります。コミュニティによって様々ではありますが。


Apple Orchard りんごの果樹園

シェーカーのアイコニックな果物であるりんごの果樹園もその姿を残していました。
りんごは19世紀半ばの霊的リバイバルの時代の絵画にも残っているようにシェーカーの暮らしになくてはならないもので、食糧としても飲料としても彼らの健康を支える重要なフルーツでした。


Dry House 乾燥小屋

このドライハウスでは、りんごをはじめとした果物を乾燥させ保存が行われました。

シェーカーの人々が行っていた乾燥の工程についてはケンタッキープレザントヒルの図解説明が大変わかりやすかったので補足しておきます。

Pleasant Hill

訪問した時には、このドライハウスではウォーターブリットの主要産業であったハーブの展示が行われていました。

薬用のハーブは、箒の製造に並んで、最初期からのシェーカーの経済を支える主要産業でした。
各コミュニティによって産業も異なるが、ハーブに関してはどこであってもよく見かけるものです。

加えて、ウォーターブリットは家具生産、特に椅子についてよく知られるコミュニティの一つでもあります。
しかし残念ながら、現在の運営に至る背景からShaker Heritage Society内のミュージアムに大量の椅子が展示されているというわけではありません。

ミーティングハウスにある展示室では、シェーカーの教団や暮らしの外観を知ることができます。
シェーカーを全く知らない友人もここの展示に目を通すと、シェーカーに対する認識の解像度がかなり上がっていました。英語話者が羨ましいです。日本にもこのような文化を知ることの出来る展示があればと率直に感じました。

展示ブース

Watervlietはシェーカーコミュニティの中でも、最初期のコミュニティである上に、共同体組織以前の入植の歴史も持ちます。
それ故に、ウォーターブリットの人々が受けた外部からの迫害や猜疑も、歴史が長いだけ他コミュニティーに比較しても多くなります。
また、肥沃とは言えなかった土地を開墾し、共同体を作り上げた開拓の歴史も特筆すべき点です。
私たちの抱く、美しい田園風景のシェーカー像に至るまでの紆余曲折の歴史に触れることができることがウォーターブリットを訪れる魅力でもあります。

サイト内には、いくつかのシェーカー建築が残っています。
私が当初想像していた以上に広々としていて、開放的な場所でした。スタッフの方や訪問者の方と話すとこれでも狭い方ということなので、他のコミュニティーサイトの訪問時間が足りるかどうか不安になりました。

集会所

集会所の静かさ、広さは圧巻です。
奥に並べられたベンチは基本的に教団外部の人が観覧するために設けられています。
振り返ると、他のコミュニティサイトでは、ベンチが並べられたり、広々とした展示は行われていないので、シェーカーの歌い踊った礼拝のダイナミクスを感じるにはウォーターブリットが最適なのではないかとも思います。

2階からの眺め

Johannaさんのご厚意で、通常は入ることのできないミーティングハウスの2階やバックヤードを案内していただきました。
この開き窓はオリジナルではなく、後から誰かが改修したものであるそうです。
1枚目の写真はここから撮影したもので、
ここから眺めたるフロアは壮観で、大きな窓をつけたくなる気持ちもわからなくはありません。

バックヤードはこの集会所の屋根裏にあり、修繕前の椅子や道具などが並んでいました。

バックヤード

普段は立ち入れないが、このような屋根裏で建築の様子を間近で見られることはあまりないだろうからと案内をしていただきました。
大変貴重な体験になりました。

Ministry Workshop

シェーカーの教団組織にはミニストリーと呼ばれる指導階級の人々がいます。ミニストリーは長老と訳されることもあります。
 彼らが使用する仕事場であり、宿舎であるのがミニストリーワークショップやミニストリーショップと呼ばれる建物です。

 ミニストリーは、ビショップリックという統治単位ごとに男女2名ずつが任命されました。この4名は各ビショップリックにおける指導的立場のコミュニティーのチャーチファミリーのエルダーが兼任します。

 ビショップリックは2〜4の近隣地域にあるコミュニティをまとめる地域区分の単位です。(WatervlietはMount Lebanonのビショップリックにあります。)
ミニストリーは自分のビショップリック内のコミュニティを回り、各地の指導を行っていました。

この辺りの統治機構についてはまた改めてまとめます。

実際に各地のコミュニティサイトを巡ったことで、私が再認識することになったのは、このミニストリーの扱いです。
ミニストリーは私が想像していた以上に、特別な存在であったようです。

彼らのための家は、他の建物よりも整然とし、敬意が払われ、必ずと言っていいほどミーティングハウスに近接して置かれています。
コミュニティに常駐しているわけではない彼らのための家と仕事部屋が、全く別の建物として用意されるのです。

これは非常に興味深いことで、本や資料で読むよりも、実際にはかなり物理的な方法でミニストリーが特別な存在、立場であることが教団内に示されていました。

この建物は、シェーカーの時代に増築はされていますが、後年のAnn Lee Homeの時代にポーチが付け加えられたそうですり


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