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文芸社×TOKYO FMのラジオドラマ賞を受賞作「こまちねず」をラジオドラマ化!

10代から20代に変わる頃の混濁した「あの感じ」をどうぞ(全文掲載)


こまちねず



「東京に降る雪はどんなかね」

あれから3年が経ったが、
東京にはまだ雪が降らない。

このままずっと
東京には雪が降らないんじゃないかと思っていた。
雪が降らなければ、
僕は美浜に連絡する用が無い。


美浜も同じだ。
ニュースで東京に大雪が降ったと知れば、
きっと連絡してきてくれるだろう。

今日も僕の隣には知らない女の子が裸で寝ている。
僕の布団は裸で寝られるほど、温かいのに、
外は随分寒いらしい。

カーテンの隙間から、結露した窓が見える。

僕はベッドの下に落ちている、
リモコンを何とか見つけ出し、テレビをつけた。

お天気お姉さんが、マフラーやら耳あてやら、
たくさん防寒して東京が3年ぶりの大雪に見舞われると、
一生懸命伝えている。

きっとこのお姉さんだって昨日の夜は、
隣に寝ているこの子と同じ格好で
誰かと布団の中にいたんじゃないのか。

あんなところで、カメラの前に立って寒いだろうな。
こっちはあったかいよ。

心から同情した。

寝ていた知らない女の子が目を覚ました。
こんな顔だったのか。

「今日は雪が降るみたいだから、早く帰ったほうがいいよ」

 彼女は僕の『優しさ』に反応して
「好き」と言ってキスをした。

早く降ってくれ。
僕はカーテンの隙間を閉じた。

東京に来てからずっとこんな感じだ。
僕の入った大学は女の子を飲み会に誘うには、ちょうど良いらしく、
東京中の女子大生と飲み会をしたような気がする。

昨日も山手線の違う駅にある、同じ名前の居酒屋で飲んだ。
それで目が覚めたら、
あの子が僕の隣で裸で寝ていた。

今はまた、別の女の子が僕の隣で笑っている。
カタカナの名前の女子大に通う、
やたらと髪を触る女の子が面白おかしく話している。

彼女が言うには最高学府の男は
「頭がいい」と言われるのが一番の快感らしい。

「試しに最中に耳元で囁いたら、速攻イっちゃってんの。
あんな奴らが日本の中枢で働いてるんだから、
日本は良くなるわけないよ」

と最後はお茶の間のおばさんみたいなことを付け足して、
赤とオレンジの液体をかき混ぜて嬉しそうに飲んだ。

うちの大学の男が
最高学府の男の悪口を聞いて喜ぶことを
彼女はよく知っている。

「君の方が、頭がいいよ」

彼女は僕の『正しさ』に反応して
「でしょ」と言って僕の手にぺたりと触れた。

やっぱり君は本当に頭がいいと思う。
心の中で呟いた。

遠くの席で
「やっべー、電車止まった」と叫ぶ男の声が聞こえた。

同じ大学なのかも知らない。
どうやら八王子から通っているらしい。
東京で雪が降ると一番に中継される駅からやって来ているんだ。

当たり前だろ。
みんなに突っ込まれている。

きっと今日も電車が止まって帰れなくなった女の子が
僕の隣で裸で寝るんだろう。
寒いのに裸で。

それでも、宿の見つからない奴や、
実家から通う良い子は早めに帰ると言うので、
珍しく夜の十時前にお開きになった。

電車が止まったと叫んだ八王子の男は、
必死で女の子を繋ぎ止めようとしていた。

あんな奴が同じ大学だとは
最高学府よりたちが悪い。

店を出ると、想像以上に雪が降っていた。
傘を差す人の波が次々と目の前を通り過ぎて行く。
さっきの頭のいい女の子は「どうしよう」と悩んで見せた。

この子は地下鉄で帰れる場所に家があると言っていた。

「今日は帰った方がいいよ」

 彼女は僕の言った「今日は」に安堵したのか
素直に「またね」と言って、
地下に消えて行った。

今日は東京に雪が降ったんだ。
誰とも一緒にいたくは無かった。

振り返ると、まだ八王子が女の子を帰すまいと粘っている。
あの男が振られれば、帰るところが無い。

店の出口で僕の腕を掴み八王子が言った。

「ダメだったら、お前ん家、泊めてよ」

寝床を確保して女の子を口説いているんだ。
心底ダサい奴だ。

保険である寝床の僕は、
八王子が女の子を口説き落とすことを願った。

エスカレートしていく二人をビルの階段の奥に背負いながら、
東京に降る雪を眺めていた。

いつもだったら行き交う人で埋まる歩道もまばらだ。

シャーベット状の雪は、
美浜と見た雪とは違ってすぐに灰色になってぐちゃっとして汚い。

東京に雪が降ったと言うのに、
僕のスマホに美浜からの連絡は無い。

スマホから目をあげると、
東京の女の子がスーツ姿のおじさんに肩を抱かれて、
一つの傘の中歩いていた。

このおじさんも八王子か。

ぐちゃっ。

女の子が僕の前の雪を踏んだ。

美浜だ。

八王子のおじさんが必死に持ち帰ろうとしていた
「東京の女の子」は間違いなく美浜だ。

美浜は僕に気がついていた。

「東京の女の子」はゆっくりと僕から視線を外すと
八王子のおじさんにさらにしがみつくように
灰色の雪の中に消えて行った。


「やめてっ」

背中から微かに女の子の悲鳴が聞こえた。
振り返ると、もう一人の八王子が女の子の口を塞ぎ、
覆いかぶさっていた。

黒いタイツが下ろされ白い太腿が露わになっていた。

僕は、八王子を女の子から引き剥がすと、
歩道まで引き摺り出し灰色の雪の上に投げ捨てた。

灰色の雪の中で八王子が必死で謝っている。
声が遠くに聞こえる。
僕の右手の骨が八王子の頬骨に、下顎に、こめかみに、
ごっ、ごっ、
と鈍い音を立ててぶつかった。


八王子の声は次第に高くなり、泣き声に変わり、
最後に鼻骨を感じたところで音が消えた。

灰色の雪に赤いしぶきが飛び散った。

僕の吐く白い息が煙のように視界を覆った。

「東京に降る雪はどんなかね」

僕の吐く息がだんだんと少なくなって、
視界が開けた。

ざわざわと人の声が聞こえ始めた。
僕の足元にぐったりと横たわる男に東京の雪が降っている。

ぐちゃっ。

血しぶきの上を人が通り過ぎて行く。

美浜、東京に降る雪は、灰色に赤の混ざった
「こまちねず」って色らしいよ。

                  了


〈作者コメント〉

コンクールの趣旨はバレンタインに向けての「ラブストーリー」募集でした。

「ラブストーリー」ではありますが、バレンタイン向けではないこの作品。

TOKYO FMでのラジオドラマ化は逃しましたが、今こうしてChimineさんによる素晴らしい朗読によって皆さんの元にお届けする夢が叶いました。

ぜひYouTubeでもご覧ください。 

大人に変わっていく間(あわい)の時間を感じていただけたら嬉しいです。

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