あけましておめでとうございます 謹賀新年 年頭に際して、昨年の総括を踏まえて思うことを、チョロリと 「学ぶこと」「わっ、勉強になるなー」という感覚 これを今年は一層大事に大好物にしていこうと思います なんだかんだいっても、私は新しいことを知るのが好き。 「へー、それってそうなってるんだ」「だからそうなるんだ」 →「うぉーすごーい」からの→「勉強になります!」 こんなことを言っている瞬間が、多分私がワクワクと楽しんでる時間 こういうインプットを、一つ一つ大事にしていきたい
「忙しい」って、無意識に便利と感じている言葉なのかも… 一時のことかもしれませんが (基本的に飽き性で、天然で、楽天的というか、要するにカシコクない(笑) シマシマしみしみと、なんとなく考え事をしています 原因はね、検討がついてるので、悩んでるのとはちょっと違う気も。 「忙しい」って言っちゃって、シールドというかシャッターというか 「ちょっと今無理ー」ってジャーっと締めちゃいがちで、 説明不要の言い訳みたいな… なんか、これって良くないなぁ… 都合の悪いこととかメンド
好きなことが見つからないのですが、どうしたらいいですか? と以前聞かれたことがあって、 好きなことを「見つける」のがそんなに大事なことなんかな…と、ふと思ったりしました。 そういう人たちの、好きなことのイメージって、なんなんだろう… 宝物みたいとか、妖精みたいに、ある日いきなり見えたり現れたりするとか? ある日そうしていることに気がつく、とか 毎日の中に「存在」している、 それくらい、自然な事では…ないのかな… と思う。 そんなに特別でもないような… 一目惚れみたいな
年末年始とか、誕生日とか、記念日とか 一年を振り返ったり、来し方行く末を考えたりする機会は、 それぞれ年に何度かあると思います。 私は、誕生日が11月にあり、 そのあと程なく年末年始がやってきて その後、すぐ震災の日1月17日がやってきます。 短いスパンで、振り返りのタイミングが3回 違ったレイヤーで、何度も重ねて振り返る ただ、震災の日の振り返りは、ちょっと違う。 毎年、あの瞬間に戻って、そこから今までタイムワープする あの日のどの瞬間に戻っているのかは、多分、毎年「
年末年始って、普段やらないことを一挙にやったり 普段会わない人に会ったりするので、色々思ったり 気付いたりします。 年賀状を書いていて(枚数少ないので、宛名とメッセージは手書き) 漢字忘れてるわ…とか、 字を丁寧に書かないとーとか、 たまには手紙書くのって、いいなーとか、 前年の年賀状見て「そんなこと言ってたっけか?」とか。 普段やっている翻訳とは、また違った言語化作業のような… 宛名書く時に 「最近どうしてるかな?」 「息子、何歳になったんやっけ?」と 思いながら書いて
今住んでいるところだと可能なんです、「歩いて5分以内に美味しいベーカリー」。 私の理想的住環境の条件として、一つに「近所に本屋さんと美味しいベーカリーがあるところ」というのがあります。 「夢の」とか言うと、他にも色々条件あるんですが。 そういう意味では、今は、両方ともある。 市内どこでもそんなだったらいいな…だったら、引っ越してもいいなと思うんです。 そのためには、あっちこっちにベーカリーがいるんですよね。 地元でココもソコも愛したい。 だから、私の小さな「野望
【ことむす的】記憶 記憶に残っている、食べ物 思い出の中で忘れられない、食べ物 ありますよね。 旅行とか、歓送迎会とか、結婚式とか はじめての外国旅行とか 学校帰りのドキドキデートとか みんなでいったケーキバイキングとか 正月の餅つきとか、夏祭りの屋台のりんご飴とか おばあちゃんの味とか、お母さんの味とか そうそう、いい思い出ばかりでもなくて、 泣きながら、涙と鼻でグチョグチョで妙に塩味がした記憶とか 渡せなかったXXXXとか 旅先で読めなくて当てずっポでわけわからんものを
東京でやっているらしい 「夜のパン屋さん」という取り組みがあります。 https://greenz.jp/2020/11/12/bigissue_yorupan/ これを知ったときから こんな感じのことをやってみたいな〜と思っていたんです。 でも、なんの知恵もないし、方法も場所も、なんもないです。 「いいな、こんなことやってみたいな」という思い付きだけ、ずっとあって。 でも、ちょっと気楽に小さく1歩、動いてみることにしました。 「神戸で 「夜のパン屋さん」的なこと」
ライライライ、ララライライ 今日もパンを求めてテクテクと。 最近巷で出店ラッシュの食パン屋さんには、実はほぼ興味がないんです…「また食パン屋さんかー」と思うのみで、だいたいスルー。 用事があるのは、そうライ麦入りのパン。 できるだけライ麦多め=できるだけ黒め。できるだけホール(まるごと)。 まるごとだと、一キロぐらいする。重い、そして丸くて黒い。 ともかくハード系。麦の味がガツっとして、クラムがムムっと詰まって、ネチっとした、頑張って発酵してみました感のあるもの。
翻訳という仕事柄、基本的に字面をずっと追っていて、一日何かしら文字を追って、追い求めてるわけですが、それでも読んじゃうわけです、文章を。 「読みなさい」「読んでおいたほうが良い」ではなく、「読みたい」というか、大体気がつくと何かしら読んでるんです。 それは本のときもあり、新聞など記事のときもあり、時には漫画だったりします。 そうなんです、漫画も好きなので、もう際限なく読めちゃうわけです。 追い詰められている時に限って、何かしら読みたくなる。(同じ衝動で、何かしら掃除し
ここしばらく、一つのレシピを繰り返し作ってる。狙った味になるように、材料を選び、作り込み、作業を確認して調整しているところ。 そんな風に書くと、なんか作業感があって面白くなさそうですが、かなり面白い。 料理というより、「調理」なんですよ。仕上げに合わせて大きさを考えて切り、仕上げを意識して材料をフライパンに入れ、目指す味を念頭に炒め、塩を振り、ハーブを入れ、調味する。目指す味に向けて、素材の味をみながら、調味料で調節していくことを調味というんだなと、だから調味料っていうん
色がついているかどうかわからない、記憶の中の光景。 その中で急にカラーの光景、いや、そこだけカラーだったりする場面がある。 別にそんなに大事じゃない色だと思う。雨上がりの道、水たまりに移っている建物の間の空の色。よく行っていたデリの軒先のスツールと、その前の教会のレンガのなんとも言えない赤色がかった暗褐色。そんな日常の色、日常にある色、あった色。なのに、同じような色を見ると、ぐぐっとその時の、その場所に私を連れて行く。 なんともいえないパッセージ感。 中でも忘れられな
「食べることがスキ」なので、「食べること」について考えたり調べるのがまたスキなんですよ。ここだけマメ。 一日の大半がそれに費やされている…かも。 美味しいお店検索とか、美味しいお持ち帰り検索とか、美味しいパン屋探しとか、行きたいお店をマメに調べて覚えておくのも、スマホ時代になる前からの長年の習性で… しかもそういうことだけ、一発で覚えられる(笑) ということで、ハジメマシテの時に割と聞かれるんです 「美味しいお店教えて」とか「美味しいもの、教えて」と でも、いつも