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クリスマスにちなんだ論文を読もう――クリスマスライトモデル

もうすぐクリスマスなので、それにちなんだ論文を探し、直近で発表されたものをご紹介します。
今回ご紹介するのは分子生物学分野で、DNA損傷マーカーとして使われるγH2AXの蛍光パターンについてです。
分子生物学を専門としながらも、今は離れておりますので、温かい気持ちでよんでいただければ幸いです。

When Chromatin Decondensation Affects Nuclear γH2AX Foci Pattern and Kinetics and Biases the Assessment of DNA Double-Strand Breaks by Immunofluorescence


基礎知識


論文へ入る前に関連する基礎知識を共有いたします。

染色体の構造

ヌクレオソームとヒストンタンパク質についてわかりやすく解説! | 生物学日誌
真核細胞において、基本的にDNAは核膜内に存在しています。
細胞分裂が始まるとき、DNAはヒストンというタンパク質に巻き付きます。
1つのヒストンとDNAが巻き付いたものをヌクレオソームと呼び、それがいくつも連なってさらに折りたたまれます。
これをクロマチンと呼びます。
クロマチンが棒状に集合し、X状に形成されたものが染色体です。

ヒストンはH2A、H2b、H3、H4がそれぞれ2個ずつ集まった八量体のコア粒子と、独立してDNAと結合している粒子H1があります。
論文で触れられるのはH2Aの一種であるH2AXで、これは細胞内の全H2のうち2~25%を占めます。

細胞分裂周期


体細胞分裂について超絶わかりやすく解説! | サルでもわかる生物学 | 生物学日誌

細胞分裂はG1/G0期、S期、G2期、M期に分けられ、M期で細胞分裂が発生し、それ以外の期間を間期と呼びます。
具体的には:

G1期:細胞分裂直後。DNAは1倍分で合成準備中。細胞は大きくなっている
S期:DNAの複製が起きる
G2期:分裂までの間に細胞が大きくなる
M期:細胞分裂の発生

M期はさらに分裂の進行に応じて前期・前中期・中期・後期・終期に分けられます。
基本的にDNAは間期でほどかれた状態にあり、M期でヒストンと巻き付いて折りたたまれ、染色体を形成します。

免疫染色法


抗体を用いて特定の部位に抗体を結合させ、抗体とカップリングされた色素により特定部位の可視化を行う手法です。
実験でよく用いられる例としては、ポリアクリルアミドゲルで電気泳動したタンパク質を分離し、膜に転写したものを染色するウェスタンブロッティングがあります。
本研究で注目されているのは、前述のH2AXのリン酸化体γH2AXをターゲットとした免疫蛍光法です。
国内だと同仁化学研究所が検出キットを扱っています。
同仁化学 γH2AX 検出キット|【ライフサイエンス】製品情報|試薬-富士フイルム和光純薬

論文概要

さて、いよいよ本題です。
DNA損傷――特に二本鎖切断(DSB)は細胞にとって深刻な損傷の一つとされており、修復失敗によってがん化や細胞死へ繋がることがあります。
DSBの評価にはγH2AXをターゲットとした免疫蛍光法がしばしば用いられますが、ヒストン分布は細胞周期によって異なるため、染色パターンも変わることが想像されます。
その関係についてはよく分かっておらず、DSBの評価への影響が懸念されております。
そこで筆者はヒトの細胞数種を用いて、細胞周期やDNAへのダメージによる染色パターンの影響を評価しました。
分かったこととして:

染色体の脱凝縮の影響: 染色体が脱凝縮状態にあると、γH2AXフォーカスの大きさや強度が変化し、DNA損傷の評価に偏りをもたらす可能性があることが示されました。
異なるフォーカスパターン: 小さく低強度の「ミニフォーカス」と、大きく明るいフォーカスの2種類が確認され、それぞれ異なる生物学的意味を持つ可能性が示唆されました。
方法論的影響: 従来の免疫蛍光法では、細胞周期や染色体状態に基づくDNA損傷の評価に誤差が生じる可能性があるため、結果の解釈に注意が必要であると述べています。

クリスマスライトモデル


従来の研究では放射線抵抗性の線維芽細胞を用いて実験したところ、フォーカス(免疫蛍光の発色)とDSBの数に1:1の相関が見られました。
しかし、今回の実験では放射線感受性細胞を用いたところ、前述の相関が見られず、DSBに対し細かな発色(ミニフォーカス)が多数見られました。
ここで筆者は、蛍光パターンの変化からクリスマスライトモデルを提唱しました。
クロマチンのループをクリスマスライトに見立て、それぞれの蛍光が1つのH2AXと対応しており、DSBが発生した際には付近のH2AXヒストンがリン酸化され、γH2AXとなります。
クロマチンが折りたたまれている場合はγH2AXが集中しているため、大きなフォーカスが見えますが、クロマチンが広がっている場合は蛍光が散乱(ミニフォーカスが多数検出される)してしまいます。
蛍光が散乱しているとDSBと蛍光の数における相関性がなくなりますので、フォーカスの多い=遺伝子損傷の度合いが大きいと言えなくなります。

よってDSBの正確な評価は新たなマーカーの併用も求められる、と結論づけられています。

所感


冒頭に述べた通り、分子生物学専門だったので趣旨についてはだいたい理解しました。
ただ、直近の研究近況についてはあまり明るくないので、勉強する良い機会でした。

例えば、γH2AXによるDSB評価は何から始まったんだろうと調べたら、1998年にさかのぼり、そこからブラッシュアップされてマーカーとして普及したそうです。
研究者と企業の努力と積み重ねに感服しております。

今回の論文を最初に読んだところ、頭に入ってこなくて「何のこっちゃい」と思いました。
じっくり読むと、話としては結構シンプルで、最早DNA修復の基礎にもなり得るのではと感じました。
それ故、細胞の老化およびDNA損傷の研究はまだまだ伸びしろがあるものだろうと感じました。
今後も自己研鑽して参ります。

ちなみに下記の条件でPubmedを検索したところ、2024年12月18日現在においては2250件、Open accessに絞ると774件ヒットしました。
christmas[Text Word] AND (english[Filter])

行事を検索ワードにしているため、ヒトを対象としたコホート研究や調査等が多く見られます。
その中で興味深い内容かつ踏み込んだものをということで本論文を紹介した次第です。

なお、上記検索でヒットした最も古い文献はA Lecture on the Effects of Alcoholic Drinks on the Human System, and the Duties of Medical Men in Relation Thereto~ (1855)です。
アルコールに関して、今となっては常識の生理学的知識や当時の知見が多く触れられている資料です。
クリスマスや年末にはお酒を飲みすぎないようお気を付けください。

参考文献


●Granzotto A, El Nachef L, Restier-Verlet J, Sonzogni L, Al-Choboq J, Bourguignon M, Foray N. When Chromatin Decondensation Affects Nuclear γH2AX Foci Pattern and Kinetics and Biases the Assessment of DNA Double-Strand Breaks by Immunofluorescence. Biomolecules. 2024; 14(6):703. https://doi.org/10.3390/biom14060703
●Rogakou EP, Pilch DR, Orr AH, Ivanova VS, Bonner WM. DNA double-stranded breaks induce histone H2AX phosphorylation on serine 139. J Biol Chem. 1998 Mar 6;273(10):5858-68. doi: 10.1074/jbc.273.10.5858. PMID: 9488723.
●Davis NS. A Lecture on the Effects of Alcoholic Drinks on the Human System, and the Duties of Medical Men in Relation Thereto: Delivered in the Lecture Room of Rush Medical College on Christmas Day, (Dec. 25th, 1854), in Compliance with the Request of the Class Attending the College. Northwest Med Surg J. 1855 Mar;4(3):97-123. PMID: 37320304; PMCID: PMC9956408.

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