アナログ派の愉しみ/ドラマ◎『冬のソナタ』

あの熱狂は
なんだったのだろう?


まったく、あの熱狂はなんだったのだろう? 韓国で2002年に制作されたTVドラマ『冬のソナタ』全20話(ユン・ソクホ監督)が、翌年日本で放映されるなり本国以上の爆発的な反響を呼び起こして、今日に至る韓流ブームの嚆矢となった。かく言うわたしも当時、この純愛物語にすっかりハマり、手元にDVDのセットを備えて繰り返しかけては号泣した思い出がいまとなっては面映ゆい。すでに20年近くがたち、どうしてあれだけクレイジーな社会現象が生じたのか、その背景を改めて考察してみたい。

 
ちょうど『冬のソナタ』が登場した今世紀初頭のころ、社会学の分野では、戦後の時代精神を辿るうえに25年間ごとをひとまとめにする作業仮説が流行していた。こんな具合だ。1945年から1970年までの第一期は「理想」や「物語」の時代。敗戦・占領から立ち上がり、豊かな生活をめざしてだれもが汗水流して邁進した。その時代精神を表す恋愛ドラマと言えば『愛と死を見つめて』(1964年)だろう。ついで、1970年から1995年までの第二期は「虚構」の時代。高度経済成長を達成したのちに人々の目標が見失われるなかで、やがて現実感覚に乖離が起こり、第三次産業が伸長する一方で、ゲームやオカルトといった領域が拡張したあげく、オウム真理教による地下鉄サリン事件に行き着く。このころの時代精神を表す恋愛ドラマは『金曜日の妻たちへ』(1983年)か。

 
かくして、そのあとに続く1995年以降については、「不可能性」の時代とされたり、口の悪い学者は「動物」の時代と呼んだりしていたが、ともあれ、これらの議論が交わされた時点では、まだ現在進行中のただなかにあって俯瞰した見取り図はなかった。その後、こうした作業仮説はいささか影が薄くなったものの、もし第三期も設定するなら2020年をもってすでに25年間の区切りがついたいま、果たしてそこにどのような時代精神を見て取ることができるだろうか?

 
バブル経済崩壊後の「失われた10年」からはじまった第三期の日本社会を、最も象徴する出来事と言えば、東日本大震災における福島第一原子力発電所の事故と、新型コロナウイルスの流行による東京オリンピック・パラリンピックの延期だろう。一時は超大国アメリカに迫ったGNP(国民総生産)が不良債権の山を築いて消え失せたことも、世界に冠たる科学技術立国の神話が自然の猛威の前にあえなく崩れ去ったことも、また、「おもてなし」の掛け声でかちえた二度目の五輪の開催・中止をめぐって最後まで世論がばらばらだったことも、そこには同じ時代精神が通底していたのではないか。名づけるなら、もはや虚構ならぬ「虚妄」の時代といったふうな。われわれがこれまで当たり前と受け止めていたものはただの絵空事で、あっという間に夢幻となりかねない……。

 
そうやって考えると、この時期の最大の恋愛ドラマ『冬のソナタ』は意味深長だ。女子高生のユジン(チェ・ジウ)は、初恋の相手だった同級生のチュンサン(ペ・ヨンジュン)を交通事故で失う。ユジンは失われた過去にしがみつき、チュンサンは生命を取り留めたものの記憶喪失となって別の人格を生きはじめる。つまり、おたがいに抜き差しならない「虚妄」を抱え込んだまま、それから10年後に再会して繰り広げるドラマだ。いちばんのクライマックスは、やっと記憶を取り戻しかけたチュンサンに向かって、ユジンが過去の思い出をひとつひとつ挙げながら問いただすシーンだろう。心もとない返事をする相手に、彼女は泣きじゃくって言いつのる。

 
「ぜんぶチュンサンが悪い。生きていたくせに、私を忘れるなんて。私はひとつも忘れてないのに、ぜんぶ覚えているのに!」

 
アンリ・コルピ監督の名画『かくも長き不在』(1961年)では、女は記憶喪失の浮浪者を行方知れずになった自分の夫と確信して、あの手この手で記憶をよみがえらせようとするが、男のほうは断固として拒む。それはそうだろう。よしんば、かつて本当の夫婦だったとしても、おいそれと記憶を呼び返したりして幸福だけで済むわけはない、必ず忘れていたほうがよかったこともあるはずだ。せっかく失った記憶ならそっとしておく。それが大人の嗜みだろう。ところが、ここでのチュンサンの態度は違う。ユジンに求められて、みずからも懸命に記憶を回復させようとする。かれらはアテにならない未来に目もくれず(だからセックスはしない)、ひたすら美しい過去の花園で遊ぶ。そうやって「虚妄」とともに生きる道行きに、われわれは自己投影したのではなかったのか。

 
ついにはチュンサンも涙ながらにユジンにこう応じる。日本のTVドラマではとうに成り立たなかったセリフだろう。

 
「君を思い出せてよかった、本当によかったよ!」

 

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