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パートナー選びに絶対譲れない3つの条件


どうも、年内に結婚する女、もももです。
絶賛夏休み中。
わたしは遊べば遊ぶほどに運気が上がって行くタイプなのだが、今年の夏、全然遊んでない。
夏、終わっちゃう。
と思い、今日は新宿のさつまいも博に遊びに行く。
多分また芋に恐ろしい金額を注ぎ込むことになるのだが、それでも行かねば。
勝手に使命感を感じている。


1 話合いができる


条件を3つ出してみるのだが、これは本当のマストのマストで絶対に外せない。
「話し合いができる」
なんともシンプルなこれが、出来ない男性が多いのなんの。
もう少しマイルドにすると「聞いてるフリ」の男性が多いのだ。
本当に真摯に心からわたしは話を聞き、そこからわたしの願いを掴み取ってほしいのだ。

それから「君の好きにしていいよ」
これは優しい言葉に聞こえるけど、実はそうじゃない。お前の意見はどこにいった、おい、こら、もう顔がめんどくさいと言っているぞ。
この類、本当に多い。

わたしがいう話合い。
「あ、それいいね」「じゃ、こうしてこうしてこうする?」「◯◯ちゃん、何時だと動きやすい?」「おっけ、じゃあこうするか」といった具合の会話を繰り広げたいのだ。
お互いの条件を聞いた上での意見の擦り合わせ。

また一方的に述べるのでなく、相手の希望をくめるということ。
お互いの思いを伝えることを諦めないで、距離を縮めていこうじゃないか。



2 穏やか


わたしは自由奔放で気分屋。
感情の起伏が激しく、かなり自己中心的である。
そんなわたしを全部包み込んじゃう穏やかさ。
「この人とはケンカにならないだろう」という確信を持った状態で結婚したい。

絶対にわたしのことを怒らない。
わたしの奇行とも取れるそれを「可愛い」とさえ思える心の広さ。


言葉の端々
雰囲気

きっと流れる時間も穏やか、だ。

この「穏やか」「その人自身がまとう雰囲気」というものはちょっとやそっとじゃ成形されないものだと思っている。
「穏やかな人がモテるらしい」と意識をして、感情をコントロールしようとしたところで、簡単にはつくられないもの。
その人が育ってきた環境や経験、家族からどんな風に接してこられたのか、いろんな作り出すもの、創造そのもの。
尊い。
なんとも貴重性が高いものだと思うのだ。

いつか、30歳前のことだと覚えているのだが、
仕事でオーケストラの人と関わる機会があった。
ほんのちょっと、ほんとうにほんのちょっとの間の関わりだったのだが、
流れる時間がなんとも優雅で穏やかで高貴であった。
当時、上司から自分の都合や機嫌で心無い言葉を浴びせられていたわたしは、酷く感動したのだ。
それを家に帰って母に話すと
「それが、”あの人達の世界では当たり前”なのよ、」とさらりと返された。
なるほど。
教職の業界は兎に角、忙しい。
自分のことで精一杯だから、だれかに優しくする余裕と気持ちは失われていく。
その中でも周りに敵を作らず、さわやかな笑顔で仕事をする人をわたしたちは「聖人」と呼ぶのだ。

そこにいたオーケストラの人たちは、流れる時間が違った。
日々、音楽というとても崇高なものに触れ合い、浄化される心。
(もちろん、それは一面で人知れぬ苦労があるのも理解している)
でも、やはりどんな環境に身を置いているのか、何と関わって生きているのか、それによって人間は変化、形成されるわけで。
だからわたしがいう「穏やか」も色々な要因が重なって、作られるものなのである。


3 愛おしくて、たまらない


最後に。
だけどこれが大前提かもしれない。
これも絶対に外せない。

「愛おしくて、たまらない」そういうのって、わかる。

たとえ言わなくても滲み出る。
わたしのことを好きで好きでたまらないという時、全ての行動に愛が宿る。

元彼は最初、本当の最初の頃、確かに「愛おしくてたまらない」だった。
帰り逆方向だけど、電車でぎりぎりまで送ってくれたり、
次はどこに行きたい?とわたしの願いを聞いて、次のデートは必ず彼から提案してくれた
当時の彼は間違いなく私のことを大事に思ってくれていた。
それが滲み出ていて、だからわたしも、、、

その気持ちを萎えさせてしまったのは紛れもなくわたし、だ。
彼は距離を詰めようとしてくれていた。
わたしが喜ぶことを一生懸命探してくれていた。
わたしも大好きだったんだけど、愛情表現が下手くそすぎたのだ。

相手が自分のことを大好きでいてくれる
これ以上の幸せはない。
わたしも大好きだよー!を素直に届ければいい。
大体わたしはinstaglamで見る「男を沼らせる系動画」を見すぎなんだ。
素直に目の前にある愛情を受容すればいい。
ありがとうー!わたしも大好きだよー!でいいのだ。

「愛されている」その実感をもって一緒に居たいのである。
そして、それがないと病める時に争えない。

わたしを愛してくれているという実感が持てて、それで「結婚しよう」と一番最初に言ってくれた人と結婚する。
それは、最近決めた。
わたしを愛すると決めてくれたなら、相手が思ってくれたなら、それに乗っかってみようと今は思ってる。


近況報告

現在のわたしは、結婚相談所で出会った人と仮交際中。
37歳、公務員。169cm、趣味はフットサル。
顔は好きではないが、まじめ、穏やか。
「どこに出しても恥ずかしくない」と世間一般的に言われる感じの人。
条件としては申し分ない。

実際、わたしは彼のことがとても好きである。

わたしは基本的にはコロッと、惚れやすいタイプ。
年相応の会話ができ、お店の予約もしてくれて、道案内も、お会計もスマート、エスカレーターは下りでは先に乗り、上りでは後ろに乗る。
道路側を歩き、別れ際には「また誘っていいですか」とアプローチもできる。「サンリオが好きだ」と前回話したことを覚えていて、ハンカチのプレゼントをくれる。身なりも小綺麗で、リネン生地のセットアップが爽やかさを演出する。

全体を通して、とてもスマートだ。
ただ、顔は好みでない。(2回いっておく)

そんな彼なのだが、わたし以外とも仮交際をしている。

彼のことをいいな、と思い始めていたわたしは、関係を進めようとコンシェルジュに相談した。
「他にライバルがいるようです」
「え?」

忘れていた。ここは結婚相談所。
仮交際中の同時進行は、正式に認められているのだ。
彼がわたしに向ける笑顔が本当に笑顔だと感じていたわたしは、勝手に「しめしめ、順調に落ちてるな」と高を括っていた。
上手にエスコートされるものだから、調子に乗っていた。
ダメだ、彼、全然落ちてない(笑)

3回目のデート
「ひまわりを観にいきたい」とちょっとしたわがままを言い、ドライブがてらひまわりデート。
3回目のデート。
世間一般では「3回目のデートで告白」そんな脳があるものだから、告白の1つや2つしてほしい、そんな思いでいた。
ただ結婚を意識した仮交際はそうはいかないらしい。

近くに水族館があるから水族館にもいった。
夏休み、家族ずれが多く、水族館はとても混雑していた。
気持ちが上がっているわたしは、手を繋ぎたいモード。ちょっと触れて
わたし「あ、手つないじゃいけないんですよね、、照れ//」
彼  「よかったら、手、繋ぎませんか」

彼、グッジョブ!!!!!

そう、そう!そういうの!!
できるじゃないかーーーー!!
と、心の中で雄叫び、大歓声。

こんなに甘甘。
だけど、彼にはもう一人いる。
今、わたしは天秤にかけられているのだ。
わたしが選ぶのではない、選ぶのは彼、だ。
わたしは選ばれる女になれるのかどうか、乞うご期待!!


執着しない


結婚相談所での活動はとにかく「執着しないこと」これが大事らしい
紹介、コンタクト、仮交際、とステップがあるのだが、
ステータスが「真剣交際」になるまでは一喜一憂してはいけない。
もう、さらりと心のスワイプ。
「仮交際で好きになってしまいました。けれど真剣交際に進めませんでした」こんなことになってしまった日には、大変よ。
次、またゼロスタートだもの。

今、私は仮交際1名。新たなコンタクトが3名。
仮交際の彼に気持ちが寄っているから、ダメだ。
もう2人仮交際の相手がいれば、気持ち的にはだいぶ楽である。
なんせ、余裕をもって活動したい。

新しいコンタクトは定期的にあるがそこから仮交際に進みたい相手にはなかなか出会いえない。
「会員数が多いですので‥」とコンシェルジュは言う。
確かに、そうである。
5分も会話をすれば「あり」か「なし」かは決まるのである。
「なし」だった時の苦痛さよ。もう、ほんとうにね。

まだまだ、わたしの婚活サバイバル」は続くのである。
だけど「婚活」それを終わらせるのは、紛れもなく私自身である。
わたしは「年内に結婚する女」である。
だから9月中には今いる中から相手を決定せねばならない。
四の五の言わずに、行くのだ。
決めたからには、行動するだけ。
心のスワイプ!!!(笑)



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