【書評#2】中村敏雄『増補 オフサイドはなぜ反則か』
今回取り上げるのは、中村敏雄著の『増補 オフサイドはなぜ反則か』。タイトルを見て読もうと即決した本書。想像以上に面白かった。
★★今回の書籍★★
こんな人にオススメ!
・スポーツが好きな人
・スポーツのルールに興味がある人
・イギリスの文化に興味がある人
「オフサイド」の背景
サッカーの中で最もややこしいルール。それはオフサイドではないだろうか。オフサイドというルールを説明できるかどうかが、サッカー好きかどうかを見極める一つの指標となっているような風潮すらある。私は小学生から高校生までサッカーチームに所属しており、副審の講習会も何度も受けてきたが、そのたびに長い時間をかけてオフサイドというルールについて説明されたものだ。
端的にいうと、オフサイドとは、サッカーにおいて、相手のディフェンスラインとGKの間に立っている選手が、味方からパスをもらうことを禁止するルールであり、ラグビーだとボールより前にいる選手がプレーに関与することを禁止するルールである。要するに、前方で選手が「待ち伏せ」することを制限するルールなのである。
よく知られているようにサッカーとラグビーは、元を辿ると同じ競技を起源に持つ。中世のイギリスで行われていた「フットボール」である。それは、地域によって違いはあれど、豚や牛の膀胱を膨らませ豆を詰めたボールを蹴ったり投げ合ったりしながら互いにゴールを目指すものであった。ここで大事なのは、中世においてフットボールは祭りの一種であり、地域の結びつきを緊密にし、また時として領主に対する抵抗の場であったということだ。すなわち、中世においては、勝敗ではなく祭りを長時間享受するという意識が強かったのである。
だが、産業革命に代表されるような社会変革の中で、徐々に地域の祭りとしてのフットボールは姿を消し、新たに学校の校庭で行われるものになっていく。こうした中、校庭でのフットボールに励む若者たちは、かつての伝統を引き継ぎ、長時間享受するための方策を編み出していく。そこで出てくるのが、「オフサイド」という概念である。
筆者によると、オフサイドという言葉は、「サイド」はチーム、「オフ」とは離れていることで、プレイヤーが〈チームを離れている〉という意味であるという。一つのボールを扱っている以上、どうしても参加者はボールに密集することになり、試合は膠着状態になりやすい。ただ、ひとたび密集を外れた人にボールが渡るとそこから一気にゲームが動くことになり、簡単に勝敗が決することになる。「長時間享受」を重視する彼らにとってそれは由々しき事態であった。
こうしたことを避けるために、プレイヤーが密集から離れて「待ち伏せ」を行うことは、フットボールの最大の楽しみを失わせる行為として「よくないもの」と見なされるようになったのである。まさにこの時、オフサイドを反則としてルール化されるに至ったのだ。
どのスポーツも様々なルールが存在する。逆に言えば、ルールという制約があるからこそ、プレイヤーは技術を競い、そこにドラマが生まれ、競技そのものを面白くする。
だが、ひとたび視点を変え「なぜこのルールは生まれたのか?」と考えると、その背景に多くの歴史が詰まっていることに気付く。本書は、これまで見過ごされてきたであろうルールそのものに着目したという点において大変意義深い本であろう。スポーツの見方に新たな視座を与えてくれるものとして、強くこの本をお薦めしたい。