【短編小説】第2品 ミニミニジェミニ
ドアのガラガラ鐘が鳴ったので視線を流すと、誰もいないなと恋愛小説に視線を戻し、しかし「にーにー」と煩い鳴き声がするので身を乗り出す。
小綺麗な礼服を纏う、二足歩行の猫がいた。
人語が達者なようで、彼は妖精猫の王子様だと言う。
「双子の兄を殺したいにゃ」
「うちは殺し屋雇ってませんよ」
「妖精猫を殺すマタタビとかないのかにゃ?」
「しつこいなーもう。どうしてお兄さん殺したいのさ」
「王位継承式で兄のほうがボクよりマタタビを一個多く集めたんだにゃ。明日には式が始まっちゃうにゃ」
「マタタビ集めりゃいいじゃん」
「だめだにゃ」
「なんで」
「もうマタタビ山のマタタビは狩り尽くしたにゃ」
「森林破壊の申し子だなこいつら」
仕方なく丸眼鏡を外して恋物語に栞を挟む。仕事にうつつを抜かして返り読みしたくないのだ。
そうして「たしかここら辺に」とか言いながら、緩んだエプロンを締め直して棚を漁る。
「あった」
埃を被った黒い箱を引き出すと、妖精猫と同時にくしゃみをひとつ。まんまと埃に鼻孔をくすぐられた。
「なんだにゃそれ」
幾何学模様で不規則な色を散りばめた硝子細工。底が柔らかく、吹き口がある楽器。
「面倒だからこれあげるよ」
「面倒って言ったにゃ。なんだにゃこれ」
「〈双子座〉っていう吹きガラスだよ。吹くと自分の分身を作って命令できるの」
「『殺せ』って言ったら殺してくれるにゃ?」
「王子様なんだから剣術とか腕あるんでしょ? あんたに出来るなら分身もそれ以上にできるよ。魔法だからね」
「頂くにゃ。いくらだにゃ」
「タダだよ」
「それは悪いからこれあげるにゃ」
妖精猫は一生懸命尻尾でバランスを取りながら背伸びし、マタタビをどんと机に置いた。ちょっとネコくさい。
「包みは?」
「すぐ使いたいから要らないにゃ」
「無くさないでよ。誰彼構わず使われたら大変なんだから」
「はいにゃ〜」
妖精猫はウインクしてご機嫌に尻尾を振ると、ビードロを「ぺこん」と吹きながら店を出て行った。あのお尻はちょっと可愛いかもしれないなと一瞥し、また恋物語の頁に指を滑らせた。
◇
「郵便ですよー」
半袖短パンのポストくんが本日の朝刊を持ってきてくれた。
「郵便屋だにゃ」
振り返った妖精猫が嬉しそうに尻尾を振っている。かく言う私は頬付をついてうんざりしていた。
ポストくんの来店を見て、「本読む間もない」と更に顔をしかめる。
「お、こんな店にお客さんなんて珍しい」
「ぶち殺すぞてめえ」
天を見上げる。妖精猫は要件を終えたのか、「またにゃ〜」とポストくんの横をてくてく歩いて出ていった。
「あれ妖精猫だよね。今度は何売ったの?」
「双子座っていうビードロ。王様になる予定の双子の兄を殺したいんだってさ」
「へー。それで殺せたんだ?」
「そーだよ。『やっと自由になれる』って大喜びさ」
「あれ、殺して王様になるんじゃないの?」
「猫界隈の文化なんて私が知るわけねえだろ。とにかく目的達成してお礼言いに来たんだよ」
「まあ商品が役に立ったなら魔法雑貨店冥利に尽きるよね」
「なんでお前が冥利に尽きてんだよ。はやく郵便置いてけ」
「ひどいなあ」
ポスト君が手紙を寄越す、物珍しい商品を並べた店内を見渡している。
「それで、あれはどっちの猫?」
「知らん。二匹いたって見分けつかねえよ」
「ジェミニってドッペルゲンガーみたいだよね」
「異国の怪物だなそれ。よく知ってるじゃん」
「郵便屋だからね。ジェミニって使ったあとはどうやって消えるの?」
「使ったことないからなあ」
入念に蝋で綴じられた手紙を、イライラしながら爪でカリカリする。「誰だよこれ押したの」と舌打ち。
ポストくんはこっちの苛立ちには立ち会う気がないようで、
「説明書とかないの?」
「魔法に説明書は要らないよ。説明出来たら魔法じゃなくなっちゃうじゃん」
「ふーん。じゃああの猫って本体なのかな?」
私は「さあ」と言いながら、やっと開いた手紙にニヤついて適当に答えた。
「あんたがそう思うならそうなんじゃない」