オリジナル小説 『日記』
祖母の七回忌を期に、無人になった母の実家を土地ごと処分することになった。
中部地方の参観の村で、近所には今ではほとんど民家も無くなってしまっている。
私が子供の頃、夏休みにはいつもその祖父母の家に3週間ほど預けられ、近所の子供達と遊んだり、川遊びをしたり、祖父の畑仕事の手伝いなんかをして満喫していたものだ。
のどかで楽しい村な印象しか残っていない。
高齢化と離村者が進み、村の人口はここ二十年ほどで激減したのだそうだ。
中学生にもなれば、友達と遊んだりゲームをしたりで、祖父母の家に行く機会も無くなっていき、気づけば 私も最後にその村を訪れてからすでに十年以上が過ぎていた。
私の母と祖母も、あまり良い関係ではなかったらしい。本当のところはわからないが……。
母はこの村が嫌いだったそうだ。都会に憧れていた、と聞いたことがあるが真実はどうなのだろうか。
私の記憶の中で、母が実家を訪れるのは私を送り迎えする時だけだった。祖母と親子の会話をしているのも見た記憶がない。
ただ、踏み込んではいけない何かがあることだけを幼いながらも感じ取っていた。逆に言えば、幼い私にも何かしらの違和感を察せられるほど、歪な関係性だったと言うことなのかもしれない。
土地ごと処分するとはいえ、何もせずに売却できるような地価があるわけでもなく、母屋と納屋も整地しなければならず、まずは遺品の整理から取り掛かることになった。
しかし母は「家に立ち入りたくない」の一点張りで、結局のところ盆休みを使ってわけもわからぬまま私は祖父母の家へと向かっている。
「力仕事が必要なら呼んでくれ」
とだけ告げた父の陰鬱な声が耳の奥にこびりついている。
(面倒くさいなぁ)
カーステレオからは爆音でヒップホップが鳴っている。無人の山道だ。誰にも迷惑はかけていない。
ひたすら山道をクネクネと登っていく。この山を超えた先が目的地だ。
「獣に注意」の看板をいくつも通り過ぎ、鬱蒼と茂っていた森が少しひらけたところで見覚えのある建物が視界に入った。
ようやく到着したらしい。時計を見るともうすぐ正午になろうとしていた。片道四時間半もかかってしまったようだ。
村に入っても村民の姿はなく、見るからに空き家の建物がぽつぽつと陰鬱な空気を醸し出している。
(なんか気味悪いな)
昔は緑豊かな長閑な村だったのに、今では廃村に近い。
ライフラインは生きているとのことで、数日かけて泊まり込みでの作業の予定だった。
が、この空気にやや気圧されてしまう。
家の前に車を止めて、後部座席からリュックサックとコンビニで買い込んだお茶類を取り出す。
預かった鍵を手に玄関の前にたった。
懐かしいという気持ちは全く湧かなかった。不気味だ。
鍵穴に鍵を刺すと思いの外スムーズに鍵はガチャリと音を立てて周り、数年ぶりにガラガラと引き戸を開ける。
つん、と鼻をつくカビの匂いと埃っぽい独特の空気が鼻先を掠めた。
「お邪魔します」
と小さく断って玄関をあがる。
記憶を辿り居間へと足を向けた。
8畳ほどの居間にはちゃぶ台とブラウン管テレビ、小ぶりなタンスが置いてあり、部屋の中はすっきりとしていた。
とりあえず雨戸と窓を全開にしなくてはカビで肺がやられそうだ。
持ってきた新聞紙を敷いた上に荷物を置き、窓を開け、雨戸も全開にする。
開け放してきた玄関へ一気に新鮮な空気が流れ込み、ようやく少し安心した。
居 間を出ると台所へ向かう。おそらくこのカビ臭さは水回りのせいだろう。
それにしても思っていたほど虫がいない。
隠れているだけだろうか。燻煙剤が必要かと思い、念のため用意してきていた。
台所は六畳ほどのこぢんまりしたもので、裏口と小さな小窓がついている。
裏口のドアを開け、外を覗いてみると、裏手の物置小屋が藪に覆われているのが見えた。
(まじかよ、あそこもか?)
げんなりしながら裏口を網戸にし、持参した蚊取り線香を炊いた。
同じように玄関にも設置する。
家中の窓を開け放し、一通り見て回ったところでペットボトルのお茶を飲みながらスマホで父親に電話をかけた。
「さっき着いた。思ったより綺麗だな。」
そうか、とそっけない返事が返ってくる。
「とりあえず貴重品だけ確認して持って帰ればいいんだよな?」
「そうだな、あとは建屋ごと取り壊す予定だから、すまんが頼む」
分かったよ、と伝えて電話を切った。
この違和感はなんだろう。父も母も実家の話になると急に口が重くなる。
この家に着いた時の不気味な感覚は少し薄らいできていた。しかし、人気のない村の無人の家に一人というのはやはり怖い。
数 日泊まり込む予定でいたがなるべく早く切り上げて帰ろう。
ヴーーンという唸り声を上げる冷蔵庫にペットボトルをしまおうとしたが、扉を開けた途端無意識でパタリと閉めた。カビだらけだ。
使える電化製品といえば、扇風機ぐらいだろうか。
しかし、夏真っ盛りとはいえ山奥は都心に比べるとやはり涼しい。
早めに切り上げて明日の朝には帰ろう。
そういえば、と気づく。
物置小屋に灯りはあっただろうか? 思い返してみると、あの物置小屋は中に入ったたことがない。幼い頃から「危ないから近づかないこと」と言われていた。
もし灯りがないなら陽が落ちてからの作業ができなくなってしまう。
預かった鍵たばに古ぼけた鍵がついていたのを思い出し、鍵束を手に物置小屋へと向かった。
藪に覆われたこやはかなり朽ちている様子で、貴重品が保管してあるとは到底思えない。藪を掻き分けて進もうとしたが、自分の身の丈ほどもある青々とした草が茂っている。
流石に無理だと思い直し車に積んでいたかまを取りに戻った。
薄 手の長袖パーカーを羽織り、タオルで鉢巻きをすると、人一人分の道を作るために草刈りを開始した。陽が落ちてから草むらに入ることは避けたい。
汗だくになりながらひたすらに草を刈り取っていく。
あと三メートル、二メートル、ようやく入り口までを刈り取った頃には大分陽が傾いていた。
時計を見ると午後の三時を回っている。
水分補給のため一度家へ戻る。2lのペットボトルを四本買ってきていたが、一本を飲み干してしまった。蛇口からは水が出るがこれを飲む気にはなれなかった。
もしも水がなくなったら買い出しに行かなくてはならない。スマホで検索すると一番近いコンビニまで車で四十五分と書かれていた。
なんて田舎なんだ。
気を取り直して物置小屋へと向かう。足元の草を踏みしめながら扉までやってくると、古ぼけた大きな南京錠が下がっていた。
持ってきた鍵を差し、回す。ガッチャンと大袈裟な音を立てて錠は開いた。
ギシギシと軋みながら引き戸を開くと、ぞわり……肌が泡だった。同時に母屋と比べ物にならない悪臭が鼻をついた。
(うわ)
声すら出さなかったが無意識に口と鼻を手で多い顔を背ける。耳元をブーンと羽虫が飛んでいく音がした。
立ち往生するわけにもいかず、恐る恐る小屋へと踏み込んだ。
ギ シリ、と床板が軋み足の裏にぶわりとした感覚が伝わってくる。床板が腐っているらしい。
壁と天井を確認するが、灯りらしいものはない。置いてあるのは主に農機具だった。
とてもじゃないが貴重品があるようには思えない。
六畳ほどの広さに見えるが、表から見たときはもっと面積のある建物に見えた。
立てかけてある農機具をずらしたり倒したりしながらざっと確認していく。やはりここは他に部屋はなさそうだ。
何に使用するのかもわからない大きな器具が奥の壁に立てかけてある。
なんだろうかとよく見ると、その後ろの木壁の色が変色していることに気がついた。腐っているのだろうか?
やめておけばいいものを、好奇心という名の魔の手が手招きをしている。
どかしてみろ、と。
両 腕で抱えれば動かせなくはないその器具を思い切って持ち上げてみた。
思いの外軽く、二、三歩後ろへタタラを踏んでしまったがなんとか踏みとどまり尻餅をつくことは免れた。
空いたスペースに器具を置き、あらためて壁を見てみる。
扉だ。
腰のあたりまでしかない小さな観音開きのとびらがあった。
隠し禁固か何かだろうか?
なんとなく振り返って背後を確認する。もちろん誰もいるはずもなく、夕焼け色の陽が入り口と窓から差し込んでいる。
再び扉に視線を落とす。一歩、二歩と近づいてしゃがみ込んだ。
足の裏は相変わらずぶわぶわとした危うい感触を伝えてくる。
じっくりと観察してみる。指一本が引っかかるかどうかの窪みがついた木材でできた扉で、右の扉の指かけ穴の下に小さな鍵穴がある。
預かった鍵たばを確認したが、この鍵穴にはまるような鍵はないように見受けられる。ダメもとで一本ずつ差し込んでみるがやはり嵌まらない。
よくよく鍵穴を確認してみると、非常に簡素な造作のように見えた。
ちょうど手にしていた裏口の鍵をなんとなく逆さまにして鍵穴に当て、軽く回してみるとカチリ、と軽い音を立てて鍵があいた。
(やった!)
ドキドキと心臓が早鐘を打つ。
鍵束をパーカーのポケットに戻すと恐る恐る扉に指をかけた。音もなく扉は手前に開いた。
ぽっかりと暗闇が口を開ける。
またつん、となんともいえない匂いが上がってくる。
奥には空間があり、どうやら下へも空間が広がっているようだった。
覗き込んでみるとほんの少し光が差し込んではいるようだがほぼ暗闇だ。
灯りが必要だ。
急いで母屋へ戻ると持参したled懐中電灯を手にして小屋へ戻った。
明量を最大にして隠し扉の中を照らしてみる。
奥は人一人がなんとか通れる幅と、高さの階段が下へと伸びている。木板は腐りかけているが、降りれないこともなさそうに見える。
ここまできたらいくしかない。よくわからない使命感に駆り立てられるように身体を屈めて闇へ続く階段を降り始めた。
ギシリ、ギシリ、ミシリ………と音を立てながら一段、また一段と降りていく。
十数段で床へたどり着いた。このこやで初めての石造りの床だ。空気は澱み、息が詰まる。
物凄い閉塞感だ。頭上を見ると小さな明かり取りとはいえないほどの大きさの窓があり、弱々しい日光がさしていた。
その部屋は、床も壁も石でできているようで、長年放置されていたからだろうか、苔むしている。
ぐるりと周囲を照らした瞬間、ぎくりとした。
檻だ。
木枠のこうしで手前部分と奥が隔てられている。
檻は極狭い4畳半ほどで寝台のような物と、ちゃぶ台にしては小さすぎる小さな踏み台のような机が置いてあった。
(座敷牢……?)
まさかこんなものが地下にあったなんて恐怖と驚きで固まってしまう。
あちらこちらへ灯りを向けていると何か白いものが掠めた。
そっと足音を立てないように牢の入り口へ足を進める。
先ほど踏み台かと思ったものはやはり文机だったらしい。小さな机の上には丸い盆があり、小さな茶碗と湯呑み、線香たてが乗っている。
その隣には何か紙の束と鉛筆らしきものが置いてあった。
心臓が喉から飛び出しそうだ。それに反して身体は先へと進む。
牢の扉に手をかけるときぃぃと音を立てて奥へ開いた。
潜って中へと入る。
中から見るとそこはとても狭く圧迫感のある空間だった。
寝台の枕元に壁から飛び出す形で棚が作られている。蝋燭たてらしきものが置いてある。。燭台なのだろう。
ガリっと足元で音がしてびくりと身体が硬直した。
恐る恐る足元を照らすと何かの棒が落ちていたらしい。踏み折ってしまったようだ。
照らしてみるとそれは箸のようだった。周りを照らすが一本しか見当たらない。
文机にもそれらしきものは置いていない。
何かおかしい気がする。違和感がどんどんと増幅していく。
先ほど気になった机の上の紙束を照らしてみる。
紙束を紐で括った帳面のようなものだと分かった。
表紙には何も書いていない。
しゃがみ込んで懐中電灯を膝で挟み込んで固定すると、長面に手を伸ばした。
上に黒い文鎮が載せてある。
持ち上げると思いの外軽かったが、空いているスペースにそれをおき、表紙を一枚めくってみた。
「昭和二十三年二)月(二十九)日
(奥山 千代子
帳面と鉛筆が欲しいと言ったら今日、お父様が持ってきてくれた。機嫌が良かったのだろうか。
それとも今日が私の誕生日だと覚えていてくれたのだろうか。
そんなはずはない。
今日が何度目の誕生日かもう思い出せない。
この牢の外で過ごしたのは私が3歳になるまでだ。
それからずっとここで1人で過ごしている。
ここにきてからどれくらい時間が経ったのか、もう分からなくなった。
少し背は伸びた。日光に当たらないから骨が曲がってこれ以上は伸びないらしい。
胸にも肉がついた。月のものもくるようになった。
でも私はここから出られない。
私の見てくれが世間様に知られると、お父様もお母様まも、おじいさまもおばあさまも迷惑になるのだそうだ。
姉さんの嫁ぎ先もなくなってしまうときいた。
仕方がないことなのだと繰り返し言い聞かされた。
読み書きは姉さんが教えてくれた。
時間はたくさんあるから、つづっていく。
ーーーーーーーーーーーーーー
※これより下は筆跡の異なるじで書かれている。
あなたはもう自由です
ごめんなさい
ごめんなさい
ごめんなさい
許して」
ゾッとした。
まさかこの牢の住人のものだろうか。
ところどころカビてページがくっついてしまっていたり、滲んで読めないところもある。
しかし、綺麗なままのページも残っていた。
「昭和二十九年八)月(十五)日
(奥山 千代子
(今日の食事もお茶碗に白飯だけだった。
盆には煙の点いた線香も乗っている。
最近、他のおかずを食べていない。
不思議なことに、白飯には箸が一本突き立ててある。
食べづらいが仕方がない。
湯呑みの水を米にかけて食べやすくする。
箸が一本しかないので、かき込むように食べた。
ご飯を運んできてくれるのはいつも姉さんだ。
最近姉さんの元気がない。
なぜだろう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
※ここからしたも異なる筆跡で書かれている。
これを読んでいるのかどうか私には分からないけれど
もし読んでくれているのならどうか安らかに
罪深い私たちをどうか許して
私には謝ることしかできないけれど
きっと許してはもらえないのだろうけれど
ごめんなさいごめんなさい
ごめんなさい
私は今日でこの家を離れます
あなたのゆくべきところへ
どうかたどり着けますように」
一体どういうことだ………。
奥山千代子と書かれた日記の先に明らかに別人の筆跡で付け足してある。
まるで交換日記のように。
「昭和三十二年二)月(二十九)日
(奥山 千代子
とうとう誰も来なくなってしまった。
姉さんは毎日食事を持ってきて、着替えと湯桶(ゆおけ)を運んでくれていたのに。
しばらく前からぱたりと姿を見せなくなった。
とうとう見捨てられてしまったのか。
1人はいやだ。
さ びしい。
寒い
苦しい。
私は何も悪いことをしていない。
ただ、手足が一本ずつしかないだけ。
他には何もおかしなところはない。
ここに閉じ込めたのはおばあ様。
きっと姉さんに「もう行くな」とでも言ったのだろう。
私は悪くない。
悪いのはここに閉じ込めた家族。
私だけ苦しむなんて不公平です。
きっと私の家族へ報いを受けてもらいます。
出して ここから 出して
出たい 外へ で 遊びたい
誰か助けて ここから出して
私を助けて
お願いします」
これでこの日記は締めくくられていた。
何が何やらわからぬまま、ただ悲しみと苦しみで心が軋む。
ただ気になるのはこの筆跡の異なる部分。
そして、奥山千代子という名前。
私の姓も奥山だ。これは念の為に持ち帰ろう。
そっと表紙を閉じ、たとき、とんでもないものが目に飛び込んできた。
先ほど文鎮だと思い込んで退けた黒い物体に、見覚えのある文字が見て取れたのだ。
「奥山千代子」
まさか、と思い再度手に取る。
それはよくみると位牌だった。
裏返すと日付がほってある。
「昭和二十三年 二月 二十九日」
今まで感じていた違和感がモヤモヤと胸の奥から湧き上がる。
先ほどの日記にはなんと書いてあった?
最後の日付は何年何月だった?
気づいてしまった。この日記の正体に。
冷や水がヒタヒタと足の先から身体中を這い上がる。
ゾワゾワと何かが背中を這い上る。
(これ以上ここにいてはいけない)
日記と位牌を手にあわてて階段を駆け上る
衝撃でバキッと板を踏み抜いた気もするが勢いでコヤの外まで転がり出た。
荒い息のまま母屋へと走り込む
なぜか日記と位牌はしっかりと抱きしめたまま。
玄関から居間へ駆け込み、へなへなとその場にへたり込む。
気づけば涙が溢れていた。
何が悲しいのか何が悔しいのか感情がぐちゃぐちゃで分からない。
抱きしめた日記が熱く熱く感じた。
( ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい)
私は蹲るように泣きつかれたまま気を失っていた。
翌朝、目が覚めるとうっすらと空が白み始める早朝だった。
ここにきた目的は、遺品整理。まだ何も手をつけられていない。だが、もうこの家に必要なものなどあるとは思えなかった。
この日記と位牌以外には何も……。
戸締りをして私は車に戻り実家へと向かった。
実家に着いたあとが大変だった。
母は持ち帰った日記を見た途端半狂乱で泣き叫び、父は私がやるべきことをやらずに帰ってきたことと母を悲しませるようなことをしてなんて親不孝なやつだと罵られた。
訳がわからない。
「俺には分かんねえよ!俺だってあの家のこと教えてくれなかったじゃないか。頼まれたから行った、そしたらあんな……」
つい大きな声を出してしまった。
父と口論していると、落ち着きを取り戻した母がリビングに戻ってきた。
大丈夫かと問いかける父に、頷く母親。
「ごめんね、ちゃんと話すから、聞いてもらえる?」
そう言って話してくれた真実は実に悲惨なものだった。
祖母には二人の姉がいたのだそうだ。
奥山家は村の中ではある程度の権力を持つ名家と呼ばれる家だった。
そんな祖母の家に生まれた次女は、生まれながらに奇形じで、右腕と右足が欠損していたらしい。
昭和中期とはいえ、閉ざされた村の中で、しかも名家の娘が障害者である事実を、結果的に受け入れられなかった家族は次女を座敷牢に入れることを決断した。
実の父も母も次女を忌み嫌い、だれも世話をしようとしなかったのだという。
そんな次女の世話を唯一焼いていたのが長女の千都世だった。
千都世は千代子に食事を運び、着替えを手伝い、湯浴みをさせ、読み書きを教えた。
そんな中生まれたのが三女の清子だった。これが私の祖母だ。
祖母、清子は姉と次女の関係を知っていたらしい。
しかし、見てみぬふりをした。
そして、可愛がられ愛されて育った。
清子は長女が嫁ぐ際、、千代子の牢にコメと水、先行を毎日備えることを頼まれたのだという。
だが、千代子との関係性が全くなかった清子はそれを断った。障害を持つ見知らぬ姉の存在を、清子も忌み嫌っていたのだという。
そして何もしないまま婿養子である祖父と結婚し、生まれたのが母だったのだ。
母は幼い頃、座敷牢に偶然辿り着き、この日記と位牌の存在を知っていた。
母はこんな陰惨な歴史のある家を1日でも早く出たいと思い、そして勝手気ままに人生を送っている実の母に嫌悪感を覚え、親子関係は全く成立しなくなったのだ。
「この日記、筆跡の違う文が何箇所もあったでしょ?」
私は頷いた。
「日付をよくみて」
言われて日記の表紙を捲る。
「昭和二十三年二月 二十九日」
すると母は位牌の裏側を指差した。
同じ日だ。
「でも、え? この日記、ここから始まってるけど」
驚愕しつつまだ全体が捉えられずにいると、母が話し始めた。
「千代子さんは身体も弱っていたんでしょう、きっと最初のページを書いた後、亡くなっているの。でもきちんと葬られることもなかった。存在しない子だったから。千代子さんはあの牢に囚われてる。ずっと……。千都世さんはそんな報われない千代子さんのためにお水と線香を毎日お供えしていた。日記に返事を書いていたのも、千代子さんに成仏してもらいたかったからだと思うの。でもそんな千都世さんもあの家を離れることになった。。」
日記をめくりながら聞いていた私の手が止まる。
「じゃ、この日記は………?」
全員が沈黙した。
「供養してもらおう。きちんと、千代子さんのために。」
私がいうと母は涙を浮かべて頷き、父も静かに同意を示した。
私は日記を日当たりの良い出窓に置くと、水と米、線香を立てそっと手を合わせた。
(どうかどうか 安らかに………)
〜終〜
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?