わからないふり
例えば、たまたま早く目覚めてカーテンを開けたとき。
雲一つないような晴天。まだ少し冷たい風が吹いている。
夏が始まる前の、つかの間の爽やかな朝日を見て胸が苦しくなることがある。
まだ何も知らなかった無垢なあの頃を思い出す。
切なさと同時にどうしようもない愛おしさが私を襲う。
私は恋を知らない。
でも、きっとこの胸の痛みがそれだというのなら、とても大切で、とても愛しくて、同時にとても悲しく感じる。
笑顔で泣くなんて学生の時には「そんな、漫画じゃあるまいし」と小ばかにしたように鼻で笑っていた。
今となっては結構な頻度で、ふとした時に笑顔なのに涙がこぼれる。
胸がギューッと締め付けられるような、体の内側が酸欠になるような、頭の芯の部分が捻れるような、そんな気分になる。
どうして好きになってしまったんだろう。
どこかにそんな歌詞の歌があった気がする。
そんなことを思いながら、本当にこれが好きだという感情なのかと確信が持てずにいるけれど。
いつかどこかの誰かを
苦しさから逃げるために意味のない言葉を羅列したところで一度ハマった思考からは抜け出せず。
それでも、人生で初めて、隣にいたいと、そばにいたいと自分から思えた人だった。
今日も私は心臓を焦がして電車に揺られる。
窓に映る私は半透明で、透けた向こう側には白い雲と青々と茂る木々が見える。
これから夏が始まる。
海に行きたいな・・・
きっと潮の香りは、少しの切なさと、たまらなく愛しく思える何かを運んでくれるはず。
私の手にはつり革のリングが握られていた。