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ノリの良さ

「おねぇさん、一人?だよね。おなかすかない?」
初めてそう声をかけられた時は訳が分からず、馬鹿正直に、さっき食べたばかりなので、おなかすいてませんし、すぐ帰りたいので。と断ったことをはっきりと覚えている。
私は血の気が多い方であると自覚があるので、その時も、知らない人に声をかけられて怖い、などとかわいいことは思わず
“人が急いで歩いている前をふさいで何しょうもないこと言ってるんだ。邪魔すんな”
とか、ちょっとガラの悪いことを思っていた。
帰宅してから親にその話をしたところ、ナンパであるといわれ、なるほどあれがナンパというものか、と妙にあの鬱陶しい雰囲気に納得をしたものである。
そこから私の苦悩は始まった。
ちょっとでも一人で街中に出ようものなら数回に一回の確率で声をかけられるのだ。
人生初めてのナンパから14年。
30歳を過ぎて、上京(といっても居住は東京都ではないのだが)して数カ月。
半年もしていないのにすでに声を掛けられた数は片手では足りなくなった。
「ねぇ、今日寒いよね。大丈夫?温かい飲みたくない?」
これは寒い日の日中に街中で信号を待っていた時のパターン。
「ねぇねぇ、昨日おいしいパスタ屋さん見つけたんだけどさ、すぐそこにあるんだ。そろそろ夜ごはん食べない?」
これは改札に向かって地下を歩いていた時のパターン。
「動物好きなの?猫ちゃんとか似合いそうだよねぇ」
これは外に向けてショーウィンドウがあるタイプのペットショップ前で立ち止ってしまった時のパターン。(補足すると、別に動物を愛でる習慣はない)

 決して、「私、声かけられまくるほどかわいいの!!」とかいう自慢話ではない。
私が言いたいのは、なぜ総じてさも知り合いかのようにすっと隣に並んで歩きながら“ため口”で話しかけてくるのか、というところだ。
舐められているとしか思えない。
初対面の、それも自分よりも圧倒的に若そうな男の子が思いっきりため口でこちらを見下ろして話しかけてくる…不快だとわからないのだろうか。見下ろすのは身長的なものであり八つ当たりなのはわかっている。

 このナンパに対し、あまりにも声を掛けられるため何とかできないかと考えた結果、最近ではなかなかいい方法を編み出したと自負している。
昔は、結構です、と断ったり、耳に着けているイヤホンを指さしたあと虫を追い払うかのようにしっしっと手で追い払ってみたり、無視を決め込んだりしてみたが、あまり効果がなかった。
試行錯誤を繰り返した結果、最近落ち着いたのは逆にこちらから聞いてみる、という方法だ。
聞く、というのはそのままの意味で、質問をする。
「一つ質問があります。簡潔に答えてください。ホストの客引きですか?宗教の勧誘ですか?アムウェイのようなねずみ講のお誘いでしょうか。それとも純粋なナンパですか?どれでしょう。」(思い出した時だけ、AVの勧誘ですか?も聞くときがある。)

これを聞くときのポイントは、まず相手が話しかけてきた時はあまり聞く耳を持たず、話終わったあたりでふと考えるしぐさを見せ、まっすぐ目を見ながら淡々と聞くことだ。
そして、できれば一気に言い切る。
多少機嫌がいいときはこれくらいは話してもいいかと思ってやり始めたが、これはなかなか面白い結果を生んだ。

まず一番多いのが、一瞬驚くが「そんなのナンパだよ。かわいいから」的なことを言ってくるやつだ。
これは正直言ってつまらない。なぜなら、私からしてみれば盛大なフリをしているわけだから、そんな当たり障りのないことを言われても、ひねれないんだったら声かけてくるなよ、で終わってしまう。

次に「何それ面白いね。本当にちょっと連絡先教えてよ」
と会話になりもしないやつ。これは論外だ。質問に答えろよ、話はそれからだ。としか思わずその瞬間にイヤホンを付けて無視して歩き出す。

大概この二つに区分される。

どちらにしても正直言って「くだらない」としか思えないため、その瞬間に怒りの対象になる。
さて、ここまで長々と、無視してればいいだけじゃないか、というような話を書いてきたが、そうじゃない。ぜひとも聞いてほしい。
私が唯一、仕方がないからお茶くらいならいいか、と思えた秀逸な返しをした人がいた。

いつものように質問したらその人は少しだけ悩んだ後にこういった。

「そうだなぁ・・・しいて言うなら宗教かな。俺という神にハマってみない?」

これは、あまりにも上手すぎた。きっと二度と忘れることはないだろうし、このセンスを持っているならまぁ、話をするくらいならいいかと思わず笑ってしまった。

とはいえ、ナンパには変わりないため、連絡先の交換もしっかりと断り、二度と会うことはないのでその場のノリだけだが。

しかし、未だ彼を超える人物に出会えていない。
赤の他人の時間を奪おうというのだから、これくらいの機転は聞かせてほしいものである。

次に面白い人物に会えるのはいつになるのかな。

また私は人ごみを歩く。

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