【昭和のサブスクの継承】

【昭和のサブスクとその闇】
「えっ、それって今で言うサブスクじゃん。昭和からあったんだ。」

おしゃれが大好きだった、先日亡くなった父。その箪笥の整理中。

たくさんのオーダーメード背広がでるわでるわ。

「父さんね、毎年2着はオーダーメードで背広作ってたのよ。当時の価格で1着6万円、金利無の月賦で毎月1万円払っていたのよ。」

昭和40年代の消費者物価指数は令和5年と比べると4.5倍だそうだから、今の価格にすると、1着27万円❗️

そして、月々4.5万円を課金していたことになる。

そう、今で言うサブスクだ。

頼んでいたテーラーさんは腕利きの職人さん。

父はその腕をとてもかっていた。

そんな職人さんには、3つの課題があった。

1.サブスクで顧客確保
2.追随を許さない圧倒的な腕
3.技術の継承

これらの課題は、突然の出来事から、職人さんだけでなく、その家族、そして顧客にも不幸を招くことになるんだ。

ちょっとだけ長文になります。お付き合い頂ければ幸いです。

〜エピソード〜
昭和の終わり、1970年代に父はビルや一戸建ての敏腕営業マンだった。(前話参照)

ちょっと変わった営業方法で、お客様からの信用を得てから、受注に繋げていた。

営業では、人柄や言葉遣いだけでなく、身なりにも気をつけていた。

背広は営業マンの戦闘服。見た目でだらしなくみられない様に、しっかりとした仕立てのモノを望んでいた。

そんな時、父は1人の仕立て屋さんに出会う。

テーラー高橋さん。

「あなたが、高橋さん?お噂はかねがね、お会いしたかったです。」

高橋さんとの会話が始まる。故郷の話、野球の話、映画の話、プロレスラーのブッチャーに殴られた話などなど、背広とは全く関係ない話が続く

小一時間程経った時、高橋さんが

「だいたいわかりました。川野さんの好みのデザインって、こんな感じでしょ?!」

と言って、生地サンプルを数種類差し出す。

父は眼を丸くしながら

「ビックリした!どれも私の好きなデザインですよ。雑談しかしてないのに、よくわかりましたね。」

ニコニコしながら、高橋さんは呟く

「驚くことではありません。川野さんから伺った話からヒントを頂いているだけですよ。川野さんも優秀な営業マンだからわかるんじゃないかな?」

父は鳩が豆鉄砲喰らったような顔で高橋さんを見つめる。

「例えば、川野さんの好きな映画は007とお伺いしました。007といえばジェームズボンド、ジェームズボンドといえば、紳士でオシャレだけどちょっと冗談好きで女好き(笑)。
 川野さんは一部ジェームズボンドになりたがっているのではないでしょうか?しっかりとしたベースにワンポイントでオシャレになっている生地かな?って思ったんです。」

父は関心しながらも、心の中で深く頷く、

丁寧な採寸が始まる。

裄丈、背幅、股下などなどなど

あらゆる部位を丁寧に、かつ、素早く測ってゆく高橋さん。

「川野さんの体格は、かなりがっしりしてますね。」

父の体型は、柔道していたせいか、低身長であるもがっしりした体格。

「そうなんですよ、体型に合ってるかな?と思っても、なかなか着心地がいいものには出会えなくてね。」

数週間後、仮縫い再寸法が始まる

「高橋さん、いいじゃない!見た目から素敵だよ」

「ありがとうございます。まだまだなんですけどね。ちょっとこのまま、日頃する動作してみてくれますか?」

と、言われると、父は徐ろに屈伸運動を始める。さらには腕をグルグル回しながら、

「ちょっと、屈伸したらお尻に違和感あるな?あと、背中っていうか、肩甲骨のところが動きにくいっていうのかなぁ〜」

高橋さんは聴きながら、細かな場所を確認してメモをとる。

さらに数週間後、父の背広は出来上がった。

「高橋さん、これ凄いよ」

父は新しい背広に手を通し、腕をグルグル回しながら呟いた

「全然違和感を感じない、着ている感覚がないみたい。なんか羽を纏ってるみたいだよ。」

「ありがとうございます。喜んでもらえてこちらも嬉しいです。」

高橋さんは、はにかみながら御礼を言う。

当初、1着だけのお試し発注だった。

が、もはや一回で終わる状況ではない。

父は、この出会いから10年近くも付き合う事になる。凄腕の仕立て師との出会いだ。

ここから、毎年2着発注することとなる。

一着6万円となる。昭和40年代の6万円は、今でいうと27万円、いや昨今の物価高から鑑みるとそれ以上かもしれない。

当時はカードローンとかはなく、月賦。

月々、金利なしで1万円づつ払っていたそうだ。今でいうサブスクリプション、そう、サブスクだ。

毎月第一日曜日に集金にいらして、雑談しながらも、父の趣向の変化を会話から確認しながら、場合によっては、採寸する。

そんなある日の雑談。

「高橋さんは、お子さんはいらっしゃるの?」

昭和のデリカシーの無い会話である。

「女の子がひとり。いつか、お嫁さんに行ってしまうのを思うと」

「本当ですか?だったら、この素晴らしい仕立ては、どなたかに引き継いで貰えるの?」

と、昭和のデリカシーの無い会話パート2である。

「以前は、弟子取ってたんですがね。なかなか居つかなくて。。。」

と、高橋さんの顔が曇る

「そうなんだ、この仕立ての技術は、ちゃんこ残して貰いたいな。」

「そうですね。まっ、私に、もしもの事が起きても、信頼できる仕立て師に頼むことになってるから、大丈夫ですよ。」

と、高橋さんは説明する。
しかし父は喰い下がる。

「いやいやいや、私は高橋さん、貴方を信頼してお願いしてるんだ。裁縫の腕だけで無い、顧客の趣味趣向を把握して提案してくれる仕立て師はあなただけなんだから。」

「そうですね。引き継げるように考えてみますよ。」

なんて会話があった数ヶ月後、

事件は起きるんだ。

高橋さんが亡くなった。

心筋梗塞

父の背広を仮縫いから仕上げをしている最中に静かに息を引き取っていたらしい。

父は葬儀に参列した。

悲しみに浸る高橋さんの奥様が

「本日はありがとうございます。川野さんと出逢って、夫は生き生きしていました。残念ながら、川野さんの背広の途中で行ってしまいましたが、生前夫から事付けされていた業者さんに引き継ぎますので安心してくださいね。」

と語る。

が、しかし、仕掛かりの背広は残念なこととなる。

引き継いだ仕立て師さんは、田辺さんという方だった。

高橋さんがいなくなってから数週間後、一本の電話が鳴る。

「はじめまして川野さん。高橋さんから引き継ぎ致しました田辺と言います。」

「はい。はじめまして田辺さん。待ってましたよ。」

と、父は田辺さんが仕上げる前に会いにきてくれると思っていた。が、

「はい、大変お待たせいたしました。高橋さんから引き継いだ背広出来上がりましたので、お届けにあがりたいんですけれども。」

「えっ、もうできたんですか?自分はてっきり仕上げる前に会いに来てくれるもんだと思ってました。」

ふと、疑問が宿る。高橋さんはどんな引き継ぎ準備していんだろう?こんなに短期間でできる?私への共感や想いとかは引き継げたのだろうか?

「川野さんの背広を仕立てる細かい工程表があったので、この通りに作ることができました。高橋さんまでには至りませんが丁寧にさせて頂きました。」

と言って、新しい背広を広げて父の背中に差し出す。

袖を通す父、心の中で叫ぶ自分がいる

『うん、確かに寸法は合っていてフィット感もある。ただ、何かが違う。』

『動かすと感じるちょっと違和感ある。』

『でも、そんなこととよりも大事なモノが足りない感じがする。』

とは言え、急ぎ作ってくれた田辺さんに深く御礼をし、

「今日はありがとうございます。このまま続けるか?は追って連絡します。」

と、挨拶して見送った。

後日、父はお断りの連絡をした。

何故か?

父は気がついたのだ、高橋さんから購入していたのは、オーダーメードの背広だけではない。

高橋さんとの心の交流。

交流の中から見つけてもらった細かい気遣い。

この心を本当に購入していたのだと。

田辺さんは確かに仕立ては一級品。

ただ、ただである。

残念ながら、父が一番大切に感じていた気遣いは感じられなかった。

高橋さんの事業承継はできていなかった。

実は今もこのような事業承継の失敗があるのではないかと考える。

ポイントは最初に申し上げた、3つ

1.サブスクで顧客確保
2.追随を許さない圧倒的な腕
3.技術の継承

この3つの理解が自分自身で出来ていない為に大切なモノが現代に未来に引き継げないのである。

1.サブスクで顧客確保

金利なしの月賦はまさにサブスクである。
サブスクでのメリットは、供給側の安定財源だけではない。需要側にもメリットがある。毎月訪問してもらう事で、現在の流行り廃りの情報を教えてもらえるし、現在の趣味嗜好を仕立て師に理解頂ける。何より、気に入ってる仕立て師さんとお話する時間もある意味サービスだったのだ。わ
サブスクの基本は、お金だけではない心の交流も生み出していたのだと思う。

2.追随を許さない圧倒的な腕

高橋さんの腕は、裁縫技術だけではなかった。お客様が必要としているモノが何なのかを把握する理解力とコミュニケーション能力にあった。実は、ご自身も気がつかなかったのであろうが、このポイントが重要なのである。
実はこの部分、本人は当たり前のことだから、と、特別な技術だとは思っていなかったのだと思う。
技術者に往々にある事だが、自分の腕だけに注目して、お客様が買ってくれた本当の理由が理解してなかったので、技術の腕だけに注目して自分の引継ぎを依頼してしまったようだ。

3.技術の継承

結果、高橋さんは自分の技術の継承できぬままになってしまった。技術の継承には必要な3つの事がある。①自分の技術とは何か?生業は何が評価されているのか?を知る②その生業を分解するa.どうでもいい技術、b.誰でも出来る技術、c.ちょっと学べば出来る技術、d.貴方しか出来ない技術、を分ける③継承する人に合わせた、その人の技術をa〜dに照らし合わせながら構築する。
この意識がないまま引き継ぎしても、上手くいかないことが多いです。
高橋さんは、①の部分が見えていなかったのではないかと思うと残念です。が、これは仕方ない事かもしれません。自分の仕事は、自分の背中を見る事と似ていて、なかなか見る事ができません。だから第三者からのアドバイスがなかったのではないか?
と思う。

事業承継は一人で出来る事ではなく、周りの人や専門家の協力があって成功する。

が、このことを軽く考え先延ばし先延ばしにして、ふと気がつくと時間切れになってしまった企業が何と多い事か?

今後、事業承継の問題についても語ればと思いますが、これは別の話

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