タイムカプセル【小説】#シロクマ文芸部#木の実と葉
「木の実と葉に思い出をとじこめるんだ」
サハラが木の幹にぎゅっと抱きつきながら話していたのを覚えている。
「そんなことできるの?」僕はたずねた。
「できるに決まってんじゃん!ワタナベもこっち来てやってみろよ」
僕はサハラと同じく、ランドセルを地面に放り、木の幹に身を寄せた。
通学路の途中、公園の隅にある大きなブナの木。午後のぽかぽかした光をたっぷり浴びた木肌は、温かくて、ほっとする香りがした。
「とじこめる思い出は決めたか?」
サハラは弾む声でたずねる。
「まってまって!」僕はあわてて答える。
僕たちは目を閉じた。秋のそよ風に木々の葉がこすれる音が、あたりを包む。
深く息を吸う。足元の枯葉と土のにおいが鼻をかすめた。
僕はいたずら心で目を細く開け、サハラの様子をうかがう。彼はまるで日だまりに干された羽毛布団のような、ほかほかした表情で目を閉じていた。
サハラが目を開けると、僕はたずねた。
「とじこめた思い出はどうなるの?」
「この木が来年、実と葉をつけるだろ?そこに入ってんの」
「来年かー」
「待てない?」
「ううん、タイムカプセルみたいだね」
僕はクラスみんなでタイムカプセルを校庭に埋めた授業を思い出して答えた。
「ねえ、サハラ。じゃあ今落ちてる木の実と葉にも、だれかの思い出が入ってるのかな」
「そう」
「どうしてわかるの?」
「こうすれば見れるから」
そう言うとサハラは、落ち葉やどんぐりが厚く積もった足元に手を伸ばした。ガサッと両手いっぱいにすくうと、僕に頭の上からふりかけた。
僕はびっくりして、「わ!」とへんてこな声をあげて尻もちをついた。サハラはケタケタ笑う。僕はむっとして地面から落ち葉をサハラに向かってすくい上げた。
よろけたサハラは木の根につまずいて、落ち葉の上にどてっと転んだ。地面に寝転びお互いの目を合わせると、笑いが止まらなかった。
「ワタナベ、何が見えた?」ひとしきり笑った後に、サハラはたずねた。
「リスが見えた」
「リス?」
「うん、2匹いて、お互いどんぐりを集めてた」
「へー、競争してたのか?」
「ううん。1匹はしっぽが細くて長くて、もう1匹はしっぽがふさふさで短かったから、きっと友達じゃないよ」
「ふーん。リスの思い出が見えたなんて、おまえすごいな」
サハラは神妙な顔つきをしている。
「サハラは?」
「おれはセミ。太陽がまぶしくて困ってたみたいだった」
「夏暑いもんな」
「そしたら急に真っ暗になって、気づいたら虫かごにいたんだ」
「つかまっちゃったの?」
「そう」
「まじかー」
降り注ぐ木漏れ日に守られながら、僕たちは何が見えたか順番に語り合った。
気づくと日がすっかり傾き、公園の全てがオレンジ色に染まったことに気づいた僕たちは、あわてて起き上がり、ランドセルを拾い上げて公園を後にした。
そんなかつての僕らとすれ違うように、今、僕たちはそのブナの木の前を通りかかる。隣を歩くサハラが口を開いた。
「お前さ、ここでリスがどうのこうの話してたよなー。しっぽが違うから友達じゃないとかさ」
サハラがからかうように僕の顔をのぞきこむ。
同じことを考えていたのがおかしくて、僕は思わず吹き出した。
「サハラ、もう1回やってこいよ。ほら。思い出閉じ込めてこい」
僕は彼の背中をぐいと押す。
えー……俺はもういいよ、と彼はきまりが悪そうに視線を僕に向けた。
「もう十分思い出せてるし」サハラは横目で木を眺めながらつぶやいた。
確かに、そういうことだったのか。僕は足元に積もった色とりどりの木の実と葉をながめながら、思った。
「そういえば、サハラはタイムカプセルに何入れたの?」
「ん?」
「あの小2の時の授業のやつ」
「そんなのやったっけ」
「それは忘れてんのかよ」
「もう開けたっけ?」
「いや、はたちになったら開けんの」
「じゃあ、あと2年後にわかるよ」
そんなことを言い合いながら、僕たちは木の前を通り過ぎる。僕たちが思い出を閉じ込めた場所には、変わらず木漏れ日が降り注いでいた。
僕はきっと、この場所をことあるごとに思い出すだろう。ぼんやりと考えながら、僕たちは公園を後にした。
シロクマ文芸部のお題で書かせていただきました。いつも楽しく参加させていただいております。ありがとうございます。