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コードネーム【小説】#シロクマ文芸部 #風の色

「風の色なんだ」

「え?」

「俺のコードネーム」

僕は隣を歩く幼馴染の顔をちらりと見る。僕たちは川沿いを歩いていた。夕日が水面に反射して、彼の輪郭をやさしく照らす。

「風の色」僕は少し考える。「それって何色なんだろう」

彼はこちらの様子をうかがうように、視線を送る。

「ないよ。存在しない。つまり」

彼は言いよどんだ。

「つまり?」

彼はこちらをまっすぐ見る。

「つまり、俺は存在しない存在、ということだよ」

僕は眉間にしわを寄せて笑った。

「いるじゃないか。大体幼稚園からお互いの成長を見てきて、今更存在しないっていうのは納得できないぞ」

彼は何か言いたそうに口を開いたけれど、僕の耳には何も届かなった。まるでショベルカーが砂山の一部をごっそりとえぐるように、その瞬間だけ世界から彼の声が奪われてしまったようだった。

その後、お互いなんとなく無言で川辺を歩いた。

「また明日」

いつもの十字路で、僕たちはいつも通り別れた。

・・・

次の日教室に入ると、クラス全員が彼になっていた。

その姿はみな一様で、僕は戦慄する。彼らはくちぐちに、彼と同じ声で僕に言葉を発する。同じ仕草で僕の手を引く。僕を…………。

それでも僕は有象無象の手を払い、まっすぐ彼の元に歩み寄った。

彼は様子をうかがうように、僕に視線を送る。そして突き放すように言った。

「俺には自分というものが存在しない。代えがきくんだ。こんな気味の悪いやつとは、お前はもう関わるな」

そう言って立ち去ろうとする彼の腕をとっさにつかんで答えた。

「たとえどこに君が紛れていても、僕が必ず見つけ出す」

そうして僕は彼の手を引いて、教室を、校庭を走り抜けた。

学校のチャイムの音も、彼のクローンたちも追いつかないほど風を切って。

僕たちは走りながら笑っていた。滅多に笑わないサハラが笑っているのを見て、僕はとてもうれしかった。

「サハラ」僕は言う。

サハラははっとしてこちらをまっすぐに見る。

「草や木を吹き動かす風の様子のことを“風の色”って言うんだ。僕をこんなに突き動かすサハラが、存在しないなんてわけはないよ」

サハラの表情がぱあっと明るくなる。足元の草花が揺れる。僕は彼を引く手に力を入れた。

僕たちはどこまでも駆けていく。



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