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君に話す【小説】

夜の国道1号線。鼻歌まじりに歩く男とすれ違ったら、それはきっと僕だ。

一日の仕事を終えた後、僕はたまにどうしてもいたたまれない気持ちになる。

クライアントに求められるがまま、僕は記事をつくる。

情報の寿命が瞬く間に終わってしまうオンラインの波に呑まれて、僕は自分が書いた言葉の先をつかめないでいた。

この作業に意味はあるのか?
もっと他にやるべきことがあるのではないか?
世界のどこかに自分にもっとぴったりの何かが待っているのではないか?

ひどく強迫的なこの感情を、僕は飼い慣らすのに手こずっていた。

退屈だな。

僕はパーカーを羽織り、キャップを被る。イヤホンを耳につけ、何も持たずに家を出る。

世の中のくだらなさからも、自分の小ささからも逃げるように。

商店街沿いを歩く。水曜の夜9時。古い菓子屋の前の灰皿で煙草をくすぶる人がいる。散歩中の犬が熱心に電柱のにおいを嗅ぐ。軽装のランナーが僕を追い越していく。僕は生真面目にその後ろを歩く。

やがて車が行き交う音が近づいてくると、僕はいつのまにかイヤホンから流れる曲を口ずさんでいる。

歩きながら目をつぶる。コーラスのリズムに合わせて地面を蹴った。夜の国道1号線を走る車の音が、僕の鼻歌を夜に溶け込ませてくれる。

たまにすれ違う人の表情は、辺りが暗くて読み取れなかった。帰り路を急いでいるようにも、こちらの様子をうかがっているようにも見える。なんとなく僕も、視線を相手に注ぐ。

そのとき、脇の線路を列車が通過した。僕は思わず顔を向ける。煌々と照らされた車内がはっきりと見えた。さまざまな表情を浮かべる人々を乗せた列車は、毅然とした態度で走り去る。

その様は、美しかった。

そして僕は、くだらないけどすばらしいこの世界の二面性を見た気がして、スマートフォンを急いで手に取る。呼び出し音が3度鳴って、彼が出た。

「なに?」

「仕事明けか?」

「ああ。どうした?」

「歩いてて気づいたんだけどさ、くだらないこともすばらしいことも、全部同じ、世界の一部なんだよなって。だから今のくだらなさの先に、想像を超える何かが待っているってことは十分あるんだよな。だから、僕たちはこのくだらなさにもっと夢を持てるんじゃないかってさ」

きらめくような発見を僕がまくしたてるのを聞いて、彼は言った。

「ん?お前何言ってんの?」

なんだか熱く語っちゃった僕は、ふと我に返る。すごい恥ずかしくないか?言葉が消える。

「まあいいや。もっと聞かせてくれよ」

彼のいつも通りの声を聞いて、僕は思わず笑ってしまった。また、話し始める。悔しかったから、幾分冷静を装って。

まるで彼の相づちに背中を押されるように、僕の退屈は世界になじんでいく。

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