すずめの言葉【小説】
「すずめ、かわいいな……」
僕とサハラは口を揃えた。
サハラが手にしていたパンに寄ってきたようだ。彼は放課後になるといつもお腹を空かせていた。
「超鳴いてるな」
僕たちは川沿いのベンチに腰かけていた。護岸の柵に停まるすずめは、サハラをどうも意識している。ふっくらした羽毛から、小さな足がのぞく。
「ああ、超鳴いてるな」サハラは答えた。
すずめは僕たちが彼らの言葉を理解していると思っているようだ。一生懸命こちらに向かって何かを言っている。
「目覚ましのアラームがすずめの鳴き声だったらかわいいな」
サハラは無表情にコロッケパンをかじりながら言う。
「うん」アラーム、今どんな音だっけ……僕はそんなことを考えながら、適当に返す。
川を挟んで向かいにあるマンションが午後の日差しに照らされて、オレンジ色に染まっている。川岸では土木工事が行われていて、土埃があがった。
すずめはずっと語りかけている。彼はそれを口元を緩ませながら、悲しげに見つめていた。
歩行者が脇を横切る。すずめは驚いて一鳴きし、飛び去ってしまった。
「あ……」
僕たちは口を揃える。
サハラはすずめが飛んでいった方向をしばらく見つめていた。僕は視線だけ彼に向ける。
そして今日学校で耳にしたことを思い出していた。彼とクラスメイトとの間でトラブルが起きたこと。
風が吹き、土埃がさらに高く舞い上がった。
サハラは口を開く。
「何言ってたんだろうな」
「うん」
「言葉が通じないからかわいいって思えるのかな」
「うん」
「言葉って何のためにあるんだろうな」
「うん」
僕は適当を装って返事をする。彼の問いに返せる答えを、僕は持っていなかったから。
さっきまですずめがいた場所を眺めながら、僕は泣きそうになった。強い言葉が欲しい。端正で、説得力があって、彼の心を明るく照らすような強い言葉が。
「さ、行くか」サハラが膝に落ちたパンくずを払って立ち上がる。
「なあ、サハラ」
「ん?」
「明日もここでパン食べような」
「ん?」サハラは不思議そうな顔で僕を見つめる。
これではまるですずめの言葉だ。小さくて、伝わらなくて。
でも、今持つ限り精一杯の言葉を君にかけずにはいられなかった。君を一人にはしないって。
サハラは何か考えるように、流れる川を見つめ、
「ワタナベは何も食ってないじゃん」
とこちらを向いて笑った。
サハラの髪が風にそよぐ。彼は歩き出した。
「明日は食べるよ」
僕は口をとがらせて、後に続く。風が僕らの後ろから強く吹いた。
どこか遠くで、すずめが小さく鳴く声が聞こえた気がした。
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