見出し画像

プロショップナカガワ【小説】#シロクマ文芸部 #金色に

「金色に光る人間を探しているんだ」

目の前の男は自信に満ちた態度で言う。

ナカガワはゆっくりと椅子の背もたれに重心を移す。背もたれのバネがギィッときしむ音を立てる。

「仏や浄土へ往生したものは金色こんじきの身を持つと言われますが……」

ナカガワは一拍間を置いて答える。

「つまり、死体、と言うことではないですよね?」

新羅と名乗った男は驚いて返す。

「いや、そういう言葉遊びではないよ。今回の舞台演出上、まごうことなく“本当に”金色に発光する人間が必要なんだ」

ナカガワは幾分ほっとして、組んでいた腕をほどく。

「そういう手配もできるのか?」

その様子を見て新羅はたずねた。ナカガワはにっこりと微笑み、その質問には答えない。

「なるほど。そういうことになると、異能力者の類になります。いつ頃までに紹介すればよろしいでしょうか」

「本当にいるのか?」新羅は身を乗り出して言う。

ナカガワは何も言わずに頷いた。

「そうしたら、一週間後には撮影が控えているから、それまでに手配してほしい。打ち合わせなんかもあるから、早いほどいいな。どんな方なんですか?」

「紹介できる人材と直接やりとりしているのは、スタッフのカナリなので、詳細は追って連絡します」

ナカガワは背広のポケットからペンを取り出しながら答えた。

「仮の契約書です。注意事項に目を通してサインをお願いします」

新羅はペンを受け取り、滑らかに署名した。

「友人に話を聞いて、まさかとは思いましたが、ここまで足を運んで正解でした。小さな商店街のシャッターが閉まった店の中で、ある意味無茶とも言える望みが叶うなんて」

新羅は店内をぐるりと見回した。店内には十数種類に及ぶメジャーやペンチといった工具類、文房具、機械の部品やカタログ、専門書などが所狭しと陳列されている。普通の人は使い方すらわからないものが多いかもしれない。

ナカガワは書類から目線を移し、新羅を見て答える。

「ここはあらゆる“プロ”の方のために、必要なものを揃える専門店です。新羅さまのような美麗な方に足を運んでいただくには恐れ多い場所ですが」

新羅はとても整った顔立ちをしている。えんじとワインレッドの間のような色のスーツをスマートに着こなしている。同色のベストと深い緑色のネクタイの組み合わせは、誰にでも真似できる装いではなさそうだ。

年齢は俺と同じくらいだろうか、とナカガワは推測する。

「めっそうもない。昔、俳優をしていたのですが、演じるよりもつくる方に興味が転じましてね。今は舞台監督として活動しています。ただ、万人受けするような作品をつくっているわけではないので、苦労することも多いんですよ」

ナカガワは何も言わずに微笑む。この華やかな男がどのような作品をつくるのか?ナカガワは想像もつかない。ただ、これだけの額を軽々と承知できるのだから大したものだと、仮契約書の請求額をチラリと見て考える。

・・・

「……とまあ、こんな感じの話なんだが、紹介できそうな知り合いはいるか?」

ナカガワはカナリに聞く。電話口のカナリは、かかかと豪快に笑って、

「お前なあ、そういうの事前確認しなくて不安じゃないのか?」

と愉快そうに言った。

「さすがにいないか?」

「いや、いるよ」カナリはあっさりと答える。

「ただなあ、アイツはな〜。ちょーっと今回の仕事とは相性が悪いかもなあ」

「どういうことだ?」

「めっちゃ恥ずかしがりなんだよ」

「恥ずかしがり」

恥ずかしがりの人間が金色に発光できるなんて、なんだかなあと、ナカガワは気の毒に思う。

「まあとにかく聞いてみるよ。いつまでに返事がいる?」

「3日以内には何らかの反応が欲しいな。先方が一週間以内での手配を希望している」

「わかった。まあ何とかなるだろ。朗報を待っててくれ!」

カナリはよく通る声で笑いながら、電話を切った。

カナリは唯一のスタッフであり、ナカガワの前職からの同僚だ。カナリの人脈の広さは目を見張るものがある。特別な、たとえば金色に発光するような、能力をを持つ知人・友人のこともごく普通に話すので、ナカガワは最初カナリの狂言であると本気で考えていた。

しかしある友人の能力を目の当たりにしてから、ナカガワは、世界にはまだまだ俺の知るに及ばない現象があるらしいと認めるようになった。

どうしてカナリの周りにそういう者が多く集まるのかとたずねたことがあった。

「俺の周りに集まっている訳じゃねーよ。大学時代、いろんなところ行っていろんな人と知り合って、たまたまその中に特別な力を持った人がいたってだけ」

そんなことあるか?とも思ったけど、カナリは自分の周りにいるやつをとても大切にしていたし、周りにいるやつも彼を信頼していることが多いようにナカガワは思う。

大柄で恰幅がいいカナリが、かかかと笑うと、なんだかなんでもうまくいくような気がする。そう思わせる才能をカナリは持ち合わせていたのだ。

スマートフォンを置き、ナカガワは一息つこうと店の奥でコーヒーを淹れた。

とりあえず3日待つか。ナカガワはサーバーからコーヒーを注ぎ考えた。しかしナカガワは知っていた。彼はある種カリスマ的な才能を持ち合わせているとともに、かなりのお調子者だということも。

・・・

新羅から依頼を受けてから3日目。昼も過ぎて、窓からまどろむような午後の光が差し込み始めた頃、ナカガワのスマートフォンに着信が入った。画面にはカナリの文字が光る。

「どうだった?」

「ごめん、俺だと無理そうだわ」

カナリはかかかと笑う。ナカガワは深くため息をついた。

「無理ってどういう感じなんだ?」

「うーん、やっぱりな、浅井ちゃんってかなりシャイな男なんだよね。舞台俳優として出演して欲しいって伝えたら、無理の一点張りなのよ。あと発光の能力を知られるのも、あまり前向きじゃないんだよね」

「金色に発光すること自体は、演出ということでどうにでもなる」

ナカガワは答える。

「うん、俺からもそう伝えたんだけど、とにかく多くの人の目にふれること自体を嫌がってるんだよねー」

厄介なことになったな、ナカガワはそう思った。先方への連絡は早いほどいい。

「俺が直接会おう。今カナリはその浅井ちゃんの元にいるのか?」

「そうそう。やっぱ直接話したいからねー」

「どこだ?」

「北海道網走郡美幌町」

ナカガワはすぐさまパソコンを開き、本日中に発つ女満別空港行きの飛行機を調べる。

「ばか、そんな遠いところなら予め言ってくれ」

「ごめんごめん、なんとかなるか〜って行ってみたら、意外と強情でなあ」

カナリが悪びれもせずにハキハキと話すものだから、ナカガワは軽い目眩を覚えた。かろうじて今から間に合いそうな航空券のチケットが手に入った。

「とにかく今から向かう。浅井さんに会えるのは明日になるだろうから、そう伝えてくれよ」

「了解!待ってるぞー!!」

カナリは元気よく電話を切った。ナカガワはやりかけていた仕事をまとめて身支度を手早く済ませ、羽田空港に車を走らせた。

手荷物検査の列をくぐり抜け、搭乗口へ走る。息があがる。40代のおっさんが全力疾走なんて、最悪だ。

カナリ、俺だけはお前を手放しには信頼しないからな。ナカガワは改めて、自分の誓いを堅くした。

・・・

女満別空港からさらに車を走らせ、実際に浅井に会ってみると、細身で若い、なかなかのイケメンだった。

まるで自分の家のようにくつろいだ様子のカナリもナカガワを出迎える。浅井は1LDKのアパートの2階に住んでいた。

「よお、ナカガワ、久しぶり!」

大きな体をゆったりとソファにあずけたカナリを横目で睨みつつ、ナカガワは笑顔をつくって浅井に名刺を渡した。

「初めまして、カナリの同僚のナカガワです。この度は突然お邪魔してしまい恐れ入ります」

「いえいえ、こちらこそ、遠いところご足労いただきありがとうございました」

浅井はうつむきがちに名刺を受け取りながら答えた。まつ毛が影をつくるほど長い。

「早速本題で恐縮ですが、カナリからお話は聞いていますでしょうか?」

ナカガワが話を切り出すと、浅井の目がさらに泳いだ。

「あ、はあ……。舞台の話ですよね。僕が金色に光りながら出るって話で」

改めて聞くとすげえ話だな。ナカガワは自分が受けた仕事ながら、感心する。

「はい、そうです。先方は熱烈に、金色に光る力を持つ人材を求めておいでです。私どもも、心当たりがあなたしかいない状態でして、カナリを先に向かわせたわけですが、出演を遠慮されているとか」

「そう……ですね……。僕、あまり目立ちたくないんです。この力も、本当に少しの人にしか話してなくて。だって、目立つじゃないですか」

確かに、とナカガワは心の中で相槌を打った。

「演技をした経験もないし、もっとほかに適任者がいると思うんです」

いや、君以外にはなかなかいないだろ、とナカガワはまた心の中で突っ込む。

ん?

「あの、カナリから聞いてませんか?先方からの依頼は立ち姿のみの出演で、演技力は求めないとのことで承っております」

「あ、そうなんですね。すみません、そういう詳細はよく考えたらなにも知らないです」

ナカガワはたっぷりと殺意を込めた視線をカナリに送った。彼は明後日の方を向いてナカガワの視線をかわす。

「大変失礼しました。こちらが契約の詳細です」

ナカガワは作品の詳細や契約内容が書かれた書類を浅井に渡す。彼は目を見開いた。おそらく契約金の欄に目を通したのだろう。

「浅井さんは謙虚な方と拝察しております。ただ、浅井さんの持つ能力をこれ以上ないほど望んでおられる方がいるのも事実です。能力自体が公にならないよう、先方へ配慮を求めたり、アフターフォローも我々が徹底して行います。ぜひ、ご検討いただけないでしょうか?」

ナカガワは最後の一押しのつもりで話を結んだ。契約の金額は、彼くらいの歳ならば経験のない額であるはずだ。よほどのことがない限り、断ってくることはないはず……。

しかし、彼は首を縦には振らなかった。むしろさっきとは違う動揺の仕方をしている。

なんだ?契約書の何を見た?ナカガワは彼の様子をうかがう。カナリも心配そうに浅井を見つめる。

「いや、どっちにしたって僕なんかじゃ無理ですって。ほんと、カナリさんに散々よくしてもらっておいて悪いんですけど……」

そう言いながら浅井は自分のスマートフォンに手を伸ばした。どっちにしたって?ナカガワの視線は彼のスマホの画面に注がれる。

「彼女ですか?」

ナカガワはすかさず聞く。もちろん、浅井のスマホ画面に映った女性について。

「い、いやいやいやいやいや!!!」

浅井は突然座っていたイスを跳ね飛ばす勢いで立ち上がった。ナカガワもカナリもぎょっとして彼を見る。

「気を悪くさせたのなら申し訳ございません」

ナカガワはとっさに謝った。

「い、いえ、とんでもないです。今の反応は、なんていうか、そんなことを彼女に言うのは恐れ多過ぎてって感じで……」

浅井はしどろもどろさに拍車をかけながら話す。

「おお、つまり浅井ちゃんの推しってことか!!」

カナリは満面の笑みでハキハキと話した。浅井はまるでアニメのように顔をカーッと赤くした。

ああ、アイドルか女優の写真だったのか。ナカガワは考える。待ち受けにするぐらいだ、相当ハマってるんだな。

「へえ、推し活ってやつですか。いいですね。ちなみにその美しい女性を私は存じ上げないのですが、お名前は?」

浅井は何か迷いながら、彼女の名前を口にした。ナカガワは一瞬意味がわからなかったが、すぐに口元を緩ませ、なるほど、と独りごちた。

・・・

俺とカナリは昼下がり、シャッターが下りた店の中で月末処理をしていた。棚卸しに店舗の清掃、会計の締め作業。

「なあ、この作業いるのかあ?ここの店舗の商品が売れたとこ、俺見たことねえよー」

カナリが棚に並ぶ商品を一つひとつ点検しながら不満を口にする。

「それはお前がいつもフラフラと店を離れてるからだ、アホ」

ナカガワは請求書を整理しながら答えた。

「そういえばこの間浅井ちゃんから、舞台出演最高でしたって連絡きたよー」

ナカガワはちらりとカナリの方に視線を向ける。カナリはいつも通りニヤニヤしながら話す。

「まさか、依頼者の監督の娘が浅井ちゃんの推しアイドルだったとはな〜。ナカガワ、よくわかったな」

「新羅、なんて名字そんな被ることないからな」

浅井があの時口にした名は、新羅めぐみ。ナカガワはまさかと思って、クライアントである舞台監督に確認したところ、見事当たりだったのだ。

「舞台稽古に娘を連れて来るっていう条件ひとつで通るなんてな」ナカガワは作業を進めながら話す。

「あのシャイな浅井ちゃんをなー、推しの力ってすげえなあ。浅井ちゃんも契約書で監督の名前見て、速攻でめぐみちゃんと関係があるか検索しようとしてたもんな」

カナリはかかかと笑う。

「てかなあ、お前がちゃんと契約書を見せてれば、俺が北海道まで行かずに済んだんだよ!」

「おい〜思い出し怒りはなしだぞー。それに言ったろ?説得は俺だと無理そうだって」

ナカガワは何か言い返そうとしたが、面倒くさくて諦めた。まあいい。そもそもこいつの人脈なしでは成り立たなかった仕事だ。めぐみが稽古の現場に来ると聞いてテンションMAXになった浅井に、「その勢いで金色に光ってみてくれないか」と頼んだら、仏にさす後光もかくやと思うほど、その光はまばゆく神々しいものだった。浅井は本物だ。

「そういえば、浅井くんは結局どんな役を演じたのだろうな」

「お、俺この間舞台見に行ったよー!リアルオスカー像、しっかりやってたぜ!」

ナカガワは一瞬自分の耳を疑う。

「オスカー像って、あの、アカデミー賞の受賞者がもらう、金ピカの像だよな?リアルオスカー像?」

「ああ、そうだよ。あの作品にはやっぱリアルオスカーが必要だよなー」

カナリはさらりと話す。

おいおい、オスカー像をリアル再現する?まるで意味がわからんな。てかそんな金ピカ全裸姿を推しに見られてうれしいもんか?

ナカガワは一瞬眉間にしわを寄せるが、すぐに思い直す。

まあいいさ。芸術の類は俺はしらん。プロにはそれぞれの仕事がある。俺はこの「プロショップナカガワ」の店主だ。俺の仕事はあくまで事務的に、プロのサポートをするまでのこと。

「そういやカナリ、前に大学時代のツテで人脈つくってるって言ってたよな」

「ああ」

「浅井くんは違うだろ。俺たちより20も年下で、若すぎる」

カナリは笑って、「プロたるもの、驕らず、アップデートが大切だ」と反り返った。

そんなカナリの様子を、ナカガワは苦笑しつつ、ここにもプロがいたかと大入袋に手を伸ばしながら眺めていた。



シロクマ文芸部のお題で書かせていただきました。いつもありがとうございます!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?