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外で読んではいけない。朝井リョウ『時をかけるゆとり』

なんて無鉄砲な、愚かしくて、でもまぶしい……
朝井リョウさんのエッセイ『時をかけるゆとり』は、タイトル通り、かけ抜けるように読めてしまう本でした。

朝井さんは言わずと知れた大学在学中に作家デビューした方。このエッセイも、2014年の在学中に連載していたものです。

語られる話一つひとつが「まさか!?」という“馬鹿らしさ”満点で、声に出して笑っちゃうし、声に出さずとも絶対口元はにやけてる。

外で読んではいけない。私はお気に入りのカフェで本を開いたことに、軽い後悔を感じつつも、ページを繰る手を止められませんでした。

大学生が大学生の生活をリアルタイムで綴ったこのエッセイ。成長した自分が「あの頃」を振り返って書いたものではなく、まさにその渦中で執筆されたものです。そのせいなのか、生々しいというか、疾走感が清々しくて、まるで歳の離れた親戚の近況報告を面白おかしく聞いているみたい。

大学生の話を30代の私が読んで楽しめるかな?とんでもない、笑い転げておりました。

エッセイにはさまざまなエピソード……天敵の眼科医と対決する話や、黒タイツおじさんとの遭遇など……が載っていて、その中でも朝井さんが通っていた早稲田大学の名物イベント「地獄の100キロハイク」の話が私は一番笑ったかもしれません。

埼玉県新庄市から東京都高田馬場にあるキャンパスまで、総距離125キロを2日間で歩き通すイベントに、バスローブ×ワイングラスの仮装で挑む朝井さんですが、その2日間、彼の感情の起伏がすさまじいこと。上がっては落ちるさまに「大学生ってこんなにアホだっけ?」と笑いつつ、その描き方はウィットに満ちていて、一緒にそのジェットコースターを楽しめる。

とにかく笑いたいという時や、心が疲れている……そんな時にぜひ手にとってほしい本だなと思います。

ところで、私の大学時代、こんな笑えることあったっけ?と読んだあとに思い出したのが、友人と挑んだリアル脱出ゲームの記憶……。

その日私は友人3人と連れ立って「お化け屋敷×リアル脱出ゲーム」という不穏なコンセプトのゲームに挑戦していました。

そこは商業ビルの一角で、コンセプトに違わず謎解きの途中でお化けたちがあの手この手で挑戦者を怖がらせにくるものでした。

一定間隔でブザーが鳴り、それが鳴ると化け物(?)が出てきて、その間はどこかに隠れなくてはいけないという設定だったのだと思います。

薄暗い部屋の中、謎解きの手がかりを探しつつ、身を隠して追っ手をかわす駆け引きがスリリングで、当時の私は怖がるというよりも、かなり前のめりに謎解きを楽しんでいました。

しかし中にはお化けたちに本気でビビっている友人もいて、そんな彼らはまあ謎解きどころではない……。完全に謎解きガチ勢とへっぴり腰勢に分かれて、友達同士チームワークを高めあうどころか、見事な二極化の様相を呈してしまったのです。

途中へっぴり勢二人(男女)があまりの恐怖に手を繋ぎ始めるという、学生ならではの青春エピソードもしっかり織り交ぜつつ、ガチ勢がコツコツ謎を解き、最終局面へ。

私を含めたガチ勢二人は、逃げ惑うへっぴり勢にちらりと目をやり、「私たちが導かねば」という謎の使命感とチームの命運を握る自負すら感じ始めていました。

しかし、どうしても手がかりが見つからない謎にぶつかり、刻々と迫る制限時間。部屋が徐々に暗くなり、周囲をお化けに取り囲まれ、文字通り絶体絶命。

するとどうしたことでしょう。へっぴり勢の一人が恐怖のあまり、床に敷いてあったじゅうたんをひっくり返し始めるではありませんか。

じゅうたんの下にでも隠れるつもりなのか……?とうとう気が触れてしまったか……。

周囲にこだまする友人の叫び声を聞きながら、もはや遊びに来たとは思えない状況それ自体に恐怖する私。謎も解けずに、青春の一幕もつくり出せなかった。誰かと手くらい、繋いどけばよかったわ。

……とひっくり返したじゅうたんの下に目をやると……

なんか、仕掛けがあるーーーー!!!

暴挙に出たことで、謎解きを数ステップ踏まねば辿り着けない、脱出につながる超キーアイテムにたどり着いてしまったのです。

結局それが決め手となり、私たちグループは見事脱出成功。薄暗い部屋から外に出た瞬間に視界が滲んだのは、目が日光に驚いたからか、おいしいところをへっぴり勢に力ずくで持っていかれた動揺によるものなのか……今でもあの時の感情はうまく言葉にできません。

それでもあの時、私たちは笑いが止まらなかった。私たちって天才じゃん!!!と本気で思っていたよなあ、と今もニヤニヤと思います。

(あれから何回も脱出ゲームに挑戦したけれど、クリアできたのは結局あの1度きり。強烈なビギナーズラックに毒された私たちはその後幾度となく脱出ゲームにお金を落とすこととなる)

朝井さんのエッセイをきっかけに、思い出を「笑いベース」で振り返って、こういう軸で昔を捉えていなかったなと気づきました。

私は昔の写真を見返すのがなんとなく苦手なのですが、ネタの視点だと驚くほど普通に見れたのが自分自身ちょっと笑えて。

昔の失敗も、無鉄砲さも。笑いに変えることで、なんとなく愛おしいと思えるような気がします。

ちなみに『時をかけるゆとり』にも脱出ゲームの話が出てきますよ。めっちゃ笑えます。ぜひ読んでみてくださいね。

*書籍紹介
朝井リョウ『時をかけるゆとり』
文藝春秋社


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