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エピソード

 特定の仲間、それも、例えば親戚とか、古い友だちとか。少し長い時間を共有したことのある仲間が集まれば、必ずこの話になる、そんなお決まりのエピソードをひとつ。

 もう二十代後半にさしかかる息子たちが、幼稚園に通っていた頃の話だ。みんなで餅つきを楽しみたいと、有志の親たちが集まって、計画を立てた。
「餅米は何キロ?」
「餅米って蒸すんだよね?」
「大きなセイロ、誰か持ってる?」と、膝突き合わせてわいわいと計画を立てるのも、こんなイベントの楽しみの一つだ。杵と臼は区民センターから借りる事も決まり、当日を迎えた。
 少し冷たい雨の降る、春休みの日曜だった。幼稚園の中庭に集まったのは、総勢二、三十名ほどだったろうか。ほとんどの子が初めての餅つき。親の中にも初めての人が数人。みんなドキドキワクワクだ。用意した餅米が蒸し上がる。お米の美味しそうな香りと、モワモワと立ち昇る湯気の中、いよいよ餅つきが始まった。
 先ず、臼の中で熱々の餅米を捏ねる。つき手と返し手も準備は良いかな?
「やるー、やるー!」
「僕もやるー!」
と、威勢の良い子どもたち。だが、杵は簡単には持ち上がらない。そこで、お父さんたちが後ろから一緒に杵を持つ形で、さぁ仕切り直しだ。
「ペッタン、ペッタン」
楽しい掛け声も飛び交う。しかし、なかなかお餅になってくれない。ふと見ると、お父さん、いや、パパって呼んだ方がいい感じの父親たちは、若干へっぴり腰だ。疲れも見え始めている。

 その時だ。ふっと現れた、肩幅の広いガッシリしたお父さん。米どころ秋田出身の元ラガーマン、よっちゃんのお父さんだ。さっきまでのパパ達とはちょっと纏った雰囲気が違う。杵を持つなり、ばちん、ばちんと、これまでとは音も違う。もはや異次元の餅つきを繰り広げている。
 あっという間だった。モッチモチのお餅が出来上がり、みんな好きなようにちぎって、アンコにきな粉に納豆、好みの味で頂いた。大満足だった。

 今日のヒーローは間違いなくよっちゃんのお父さん。お餅がつき上がると、杵をスッと置き、軽く片手を上げて「じゃ、仕事があるので。」と風のように去っていった。まるでプロの餅つき師のように。そういう職業があるかどうか、知らないけど。
 幼稚園時代のママたちが集まれば、必ずと言っていいほどこの話。定番の餅つきヒーローのエピソードだ。

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