骨折したの?
7、8年前になるが、園児から高校生までが通う、学習塾で働いていたことがある。
この仕事は夕方の、言わば主婦にとって本来最も忙しい時間帯に従事しなければならないのだが、当時わが家の息子たちは大学生。そんなに早い時間に夕飯が用意されていなくても、全く支障がなかった。それで、この仕事に就くことができたのだ。
主な仕事は、課題の採点をし、子ども達の質問に答えること。あとは眠ってる子を起こすこと、泣いてる子をあやすこと。
実は早々に、この仕事には向いていないと感じていた。
一点に集中しがちな私は、ここで働くにはキャパが足りない。根っからの子ども好きか、聖徳太子並みの聞く力でもないと務まらない気がしたのだ。
何十人もの子どもたちの、やる気と負けん気、不満や苛立ち、全てがない混ぜになって、終始ザワついている。そんな中でやっていけるのか。
しかし、乗りかかった船だ。とりあえず少しは続けてみようと、週に2、3回、結局コロナ禍に突入するまで続けた。
私の定位置は、年中さんから小学校低学年の子が、最大4人まで座れるテーブル席だった。この他に、生徒だけの一人席も沢山用意されている。自立出来ている子は一人席、まだ大人の手が必要な子はグループ席、ということだ。さらに幼い年少さん向けに、大人と一対一の席もある。基本、自由席だが、いつもだいたい同じ席に座る子が多いようだ。
この時間帯は、大人でもそろそろ空腹を感じたり、疲れが出たりするもの。まだ小さな人たちだから、もちろん辛くなる子もいる。
素直な子、甘え上手な子、頑固な子、泣き出す子、絶対に寝る子、様々だ。
しかし、好奇心は、みな一様に持っている。
ある日“目から出血”した私。眼科を受診すると、結膜下出血と言われたが、何でもないらしい。
しかし、これ、見た目がこわい。白目が真っ赤に血で染まっているわけだから。そこで、考えた末、眼帯姿で仕事に向かった。
私の周りに来た子たち、ほぼ全員が眼帯に反応してしまった。出血した目がさらされていると、どうしたの?と聞かれ続けると思って付けた眼帯は、より注目を集める結果となった。失敗だったか‥
「先生、どうしたの?」
「目痛いの?大丈夫?」
「目、見えないの?」
と、みんな心配してくれる。申し訳ない。お願いだから、勉強に集中して〜と、小さくなりたい私だった。
その時、年中さんのMちゃんが言った。
「先生、目、骨折したの?」
近くにいた先生たちが、ほぼ同時にふっと吹き出した。私も笑ってしまったが、Mちゃんは至って真剣。
「こっ、骨折してないよ。ちょっと、目、切れちゃったの、大丈夫だよ。ありがとうね。」
小声で答えながら、肩の力が抜けた気がした。そんなに悪くないかもと、この仕事を楽しめそうに思えた瞬間でもあった。
もう少し、この小さい好奇心の塊たちと、一緒にザワついてみようかな。
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