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『博物館浴』

 ある通販会社の雑誌は、私の興味を惹く記事が度々掲載されているので、届くとちょっと嬉しくて、待ち侘びた季刊誌を手にするかの様に、いそいそとページをめくる。

 今回の冬号は、暖かグッズ満載で、ついポチリたくなるものが目白押しだった。が、しかし、それよりも何もよりも、私の目を奪ったのは、商品ではなく、ある言葉だった。

 『博物館浴』、初めて知る言葉だ。日光浴、森林浴などの言葉を思えば、その『浴』という意味合いはすぐにピンとくる。
 頭の中で“美術館浴”に置き換えた。私にとってはこちらの方がしっくりくる。すると、何かすとんと腑に落ちた気がした。いつも感じていたのはこれだったのではないだろうかと。私がなぜ美術館に通い、何を欲しているのかを、この言葉はひと言で語ってくれたような気がしたのだ。

 この記事の執筆者は、数年前までNHK日曜美術館で司会進行をされていた、芥川賞作家の小野正嗣氏である。その中で、氏は、美術館を『逍遥する』と表現されているが、それには二つのパターンがあるのでは、と私は解釈した。

 美術館がほど良いサイズであれば、物理的に館内を散策し、まるで絵画の森を歩いている様な感覚に捉われる。集中すればするほど回りのものは消え、私はその森で一人になる。

 もう一つ、それはおそらく、一枚一枚の絵の中に入り込み散策する。この絵好きだなぁと思った時の没入するような瞬間のあの状態だ、と妙に合点がいった。

 私は美術館を、そして好きな絵画を逍遥し、楽しんでいたのだ。

 そしてその博物館浴には、血圧低下や心理面の不安、緊張の軽減に繋がるリラックス効果があるというのだ。

 最近もしや中毒ではないかと疑い始めていた、美術館に向かいたくなる私の衝動も、こうして科学的に人の心なり体なりに良い効果があるとお墨付きを頂いたからには、今後、益々活発化することは疑う余地が無い。

 今号では、福島県にある、諸橋近代美術館が紹介されていた。略してモロビ。同館のサルバドール・ダリコレクションはアジア屈指だという。

 ダリと言えば思い出す。スペインを旅してバルセロナを訪れた時だった。どうしても行ってみたくて、フィゲレスにあるダリ劇場美術館に足を運んだ。夕方近くにやっと到着したその美術館の外観は、赤に近いピンク色のお城の様な建物の上に、卵が何個も乗っかっている、そんな奇抜なものだったのだ。
 私はほぼ予習無しで現地に赴き、その情景を目の当たりにしたので、驚かずにはいられなかった。ワクワク状態、興味津々で中へ。

 あの有名な、ぐにゃりと溶けているような時計、部屋全体で表現された女性の顔、真っ赤な唇型のソファー、摩訶不思議な空間だった。
 当時、まだ若かった私は、ダリという人の底知れない芸術センスに衝撃を受けた。美術を鑑賞したと言うより、“体感”に近かかった。

 ダリは私の理解を遥かに超えた“シュール”な芸術家だけれど、どこか惹かれた。言葉を選ばずに言うと、別に好きという訳では無い。しかし、自分には到底考えも及ばない、その表現力に憧れたのかもしれない。ダリと美術館、その強烈なインパクトは今も私の心の中に歴然と存在している。

 通販雑誌から、思いがけず知ることとなったモロビ。いつかゆっくり逍遥したい、訪問すべき美術館がひとつ増えた。

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