新築の、お向かいさんのお名前が
現在住むこの家で20回目の夏が過ぎた。それ以前に住んでいた社宅からほど近く、諸々の条件や家族の通勤通学などの事情を鑑み、ここに決めた。都会の割に、少しのんびりした地域だ。
当時近隣には、昭和の香り漂うやや築古の二階建て住宅が並び、かなり広めの駐車場もあった。その駐車場というのは、ただ整地されただけのもので、我が家から見るとリビングの左前方に位置していた。つまり家の斜め前に広い空き地がある状態なので、陽当たりは十分過ぎるほど確保されていたし、3階バルコニーからの見晴らしは空が広くて、気に入っていた。
道を挟んで正面には小さな工場と倉庫。工場と言っても少し加工をする程度なのか、音は気にならなかったし、毎日そこでお父さんと息子さんが、入り口付近に見え隠れしながら作業しているので、人目があるという点で安心感に繋がっていた。
ところが住み始めて数年後、周辺で建て替えや開発が急激に進み、正面に並ぶ家々は解体され、3階建ての四角い建物に変わっていった。そしてとうとう昨年、前述の駐車場に7階建ての集合住宅が建てられたのだ。
この20年の間に、辺りの景色はすっかり様変わりした。私たちは3階からの見晴らしを失った。こんなに変わってしまうものかと隔世の感すら覚える。
日照が全く遮られてしまったわけでもないし、土台文句を言える立場ではないのだが、新しい建造物の、その高さによる圧迫感は否めない。そのせいか、この先必ずやって来るまだ見ぬご近所さんに対して、多少の不満が湧いてこないわけではなかった。
正面に、コンクリート打ちっぱなしの洒落た3階建てが出来上がったのは、10年ほど前。引越しが済んで、若いご夫婦が赤ちゃんを抱っこして挨拶に来られた。開口一番、「◯◯と申します」と彼らが名乗ったその瞬間だった。
「えっ!私も◯◯です!」
私はとんでもなくおかしな返答をしてしまった。何故って、若いご夫婦が、私の旧姓を名乗ったものだから。
私の旧姓は至極珍しいわけではないけれど、よく聞く苗字と言うほどでもない。私はその瞬間まで、この苗字の人と対面したことがなかったので、驚いてしまったのだ。
けれどそのお陰で一気に親近感が湧き、急にお近づきになった気がして、なんとなくいだきつつあった違和感は瞬く間に消え去ったのを覚えている。
あの時の赤ちゃんが、今春中学生になった。弟くんは小学生。二人はサッカー少年で、幼稚園の頃からお休みの日は、パパさんも一緒に練習着で出掛けて行く。ママさんも自転車で追いかける。
20年前、この家に来た頃の我が家とまるで同じだ。あの頃、土日祝日はサッカー三昧だった。そんな時代もあったなぁと懐かしい。今では考えられないほど夢中だったのだろう、その時は気づかなかったけれど。お向かいさんは今まさに、そんな時を走っているのかな。
年齢の差で、仲良し付き合いすることはないけれど、シャイな兄弟の成長を、ちょっと盗み見しながら、向かいのオバちゃんはこっそり応援しています。