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17時57分、君と後悔。
少し水気が含まれた淡い雪。12月の初旬。世間は師走と称される程だから、やはり人の往来が普段より速くも感じる。
15時47分、普段から利用している私鉄の改札を通る。改札から50歩程離れた木造のベンチで君は休んでいた。
やけに絵になるその姿に安堵なる物を心に浮かべ歩を進める。周りには人が見当たらず自らの地面を踏みしめる音が冴えて響く。
〇 お待たせ
賀 遅い
〇 雪のせいでゆっくり歩いてた
賀 寒い
〇 僕が悪かったよ、帰ったら紅茶淹れるよ
賀 ケーキは?
〇 これだけ寒くても食欲は健在だね
賀 食欲と気温って何か因果関係でもある?
〇 遥香の胃には敵わないね
16時3分、2両ほどの列車がホームに佇む。やや生温い車内には3人程の先客が腰掛けていた。入って左手の席に2人で一息つく。何を話すわけでもなく沈黙を守りながら僕は小説を、彼女は静かに寝息を立てて端の手すりにもたれる。
16時32分、僕達が下車する駅で列車が停る。彼女の肩を優しく叩くと寝ぼけ眼でこちらを見る。
〇 ごめんね、着いたよ
賀 寝ちゃってた?
〇 うん、行こう
賀 うん
〇 気持ちよさそうに寝てたね
賀 電車が揺れると、つい睡魔がね
〇 どこでも寝れる遥香が羨ましいよ
賀 自由に睡眠を謳歌できない〇〇が可哀想
〇 嫌味ったらしいなぁ
悪戯っぽく頬が緩む君を横目に先程より忙しく刺さる雪をはらいながら進んでいく。道中、ぽつりと構える店を潜った。出来たての焼き芋とたい焼きが入った紙袋の上から、匂いを嗅ぐ君は本当に幸せそうな顔をしている。
そこからおよそ10分程、降り積る雪を踏みしめてようやく到着した。今朝、出発した僕の住んでいる団地である。5階にある我が家までの移動経路は階段しか存在しない。
〇 疲れた
賀 あともう少しだね
〇 エレベーターの有難みをつくづく感じるよ
賀 これ、冷めちゃうから早くいこ?
〇 そうだね
賀 ようやく座れる
〇 長旅、ご苦労様です
賀 本当だよ全く
〇 まあまあ、この紅茶でも飲んで暖まって
賀 焼き芋美味しい、あんな所にお店あるの初めて知った
〇 普段中々、営業してるの見ないからね
賀 そうなんだ、でもおかげで幸せ
〇 それは、ようござんした
賀 〇〇も食べな?冷めちゃうよ
〇 うん、食べる
賀 それでさ、、話ってなに?
〇 参考程度に聞いて欲しいんだ
賀 うん
〇 実は隣のクラスの筒井さんに告白をされたんだ
賀 珍しい
〇 僕もまだ驚いてるさ
賀 それで?
〇 僕は女子と付き合ったことないし、まして筒井さんの事全く知らないんだ
賀 話したこととか無いの?
〇 特に無いんだよね。だからさ
賀 うん
〇 筒井さんが傷つかない様にお断りしたいんだ
賀 〇〇
〇 なに?
賀 分かってない。
〇 恋愛経験の乏しさ故、覚悟してたけど早いなぁ
賀 そもそも女の子が勇気を振り絞って告白して、それで振られて傷つかない子なんていないの
〇 それは分かってる、僕も同じ立場なら悲しくなると思うから
賀 〇〇。
〇 なに?
賀 そういう時に女の子は「悲しい」より、「悔しい」が勝つんだよ
〇 「悔しい」?どうして?
賀 〇〇にはまだ分からないかもしれないけど女の子は大概そうなの
〇 そういうものなの?
賀 そういうものなの!
〇 そっか、けどなるべく当たり障り無いような返事にしたいんだ
賀 ばか
〇 え、、ばか?
賀 あやめちゃんは勇気を出して本気で想いを伝えてくれたんだから〇〇も真剣に返事しなきゃだめだよ
〇 、、そっか。そうだよね
賀 本当の事を正直に伝えてあげな
〇 遥香、ありがとう
賀 私、何もしてないよ?
〇 ううん、大切な選択を間違えそうになった時いつも遥香に助けられてる
賀 それはお互い様だよ、こちらこそありがとう
〇 なんか恥ずかしいや
賀 〇〇のせいで私まで照れくさいんですけど
〇 これ食べちゃお
僕らはそう言って少し湿った紙袋の中から2つのたい焼きを取り出し食した。中の餡子はほのかに温かく甘かった。
それから少しして遥香を家まで送り、また我が家へと歩き出す。雪道を革靴で歩くのは少々難しく幾度と転びそうになりながらも懸命に歩を進める。
先程の事を思い出して、やはり小っ恥ずかしくなり少し上を向いては雪に降られる。大切な事は降られている雪の様に無数にある。けれど偶に顔を上げて雪に気づかなければそれも見逃してしまうのだ。そう思い、心の中でまた遥香に感謝をする。そしてまた想いを伝えられずにいた事を悔やむ17時57分が僕を落ち込ませた。