小綺麗な扉が妄想を掻き立てる
学生の頃、駅前の文具屋さんの隣に、謎めいた小さな入り口があった。
看板は何も出ていない。建物は白くて、ガラスの自動ドアの奥に、もうひとつ扉が見える。
小さな鞄を持ったり持たなかったりする大人達が、時々出入りしている。
軽装のお兄さん、スーツのおじさん。
綺麗なお姉さん、カップル。
どちらかといえば、成人男性らしき人が多い印象であった。
無知な少女は、この謎の扉に妄想を掻き立てられ、その入り口に入りたくて入りたくて仕方がなかった。
あくる日もあくる日も、その小さな謎の入り口の前を通る。なにせそこは通学路である。
晴れの日も雨の日も、雪の日も。
テストの日も、運動会の日も、文化祭の日も。
喜べる日も、悩める日も、部活に勤しむ日も、人生に迷う日も。
毎日、その謎の入り口はそこにあり続け、人々は出入りし続けた。
星新一のショートショートを読みすぎていた私の中でその扉は、現代と未来を行き来できる質屋か、もしくは、ゾンビの女性が働く性風俗店の2択で、どちらであるかを悩んでいた。
ある日少女には、自我が芽生えた。
なぜだ。
なぜあの人達は、あの扉の向こうに行けて、私は行けないのだ。
あの扉が何であるのか。それは別に良い。
問題は、何故私はあの向こうには行けないのか。それが私の中で大きな問題になった。
実世界の自分の置かれた、どこにもいけない窮屈さと、あの扉が何であるのかを知ることができない自分、あの扉を開くことができない自分の臆病さ、不自由さとを重ね、あの扉を開くことができない自分を憂いた。
「私、ずっと前から、あそこに行ってみたいと思ってるんだ」
ある日私は意を決して、友人にその扉の向こうに行きたいことを打ち明けた。
「へぇ、〇〇さんは遊び人だねぇ」
友人はクスクス笑った。
何故クスクス笑うのだ。バカにされているような気がして、無性に腹が立ったが、そのままその扉を開くことなく通過した。
その入り口の正体を知る日は、ある日突然訪れる。
自宅のパソコンで、Googleマップを見た。
私が学生の時もパソコンは存在して、パソコンの授業もあったし、携帯電話も存在して他校の生徒は普通に所有していた。だが、校風の問題とパソコンの価格の問題があってか、自分で所有するパソコンは持ち合わせていなかったし、スマホはおろか、ガラケーすら持っていなかった。
なので、その場で気になって調べるということはなかったのだ。
別の調べ物をしていて、急に例の入り口のことが気になって調べた。何故だか、如何わしいものを調べるようなバツの悪さを覚えた。
マップを拡大して、店舗名を確認する。
『パチンコ&スロット』
店舗の表を歩くことがなかったので、私が知ることはなかったのだ。
未成年の皆様。
大人の扉なんて、こんなものかもしれません。
※扉には確かに、「17歳以下の方お断り」と書いてありました
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