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しぽ子・その愛
彼女との2回目の京都デートはつつがなく終り、予定では今頃は東京行きの新幹線の中でひとり爆睡しているはずだった。
しかし、なぜか僕はまだelephant coffee factoryという名の河原町の雑居ビルの2階にある小さなカフヱのテーブルで彼女とふたり向かい合ってブラックコーヒーを啜っていた。
まあ、なぜかも何も、単に僕が彼女と別れるのがさみしかっただけ、の話だけど。
あと、何となくここでお別れしたら、もう二度と彼女には会えないという予感もしていたしね(後で聞いたら彼女も同じ風に思っていたようだ)。
だったら、僕もとっととあの一言を彼女に伝えればいいのに、どうでもいいことはあんなにペラペラ喋れるのに、どうして大切な人への大切な言葉はいつだって話そうとした途端にこんなにも口が重たくなるのだろう。
結局、このときも、カフヱの間接照明の橙色にほのかに染まりながら静かにたたずむ黒いセーター姿の彼女のことを僕はただ無言でうっとり見つめることしか出来なかった。
「その物憂げな瞳が素敵だ・・」
なんて呑気なことを思いながら。
いったいどれくらいの時間が過ぎたのだろうか。
やがて彼女が自分の右手首に視線を落として、
「そろそろ終電の時間だ・・」
と呟いたのを合図に、僕たちはそろそろと雑居ビルの壁際にある階段を下って、ビルの前の路地裏でお別れをしたのだった。
「バイバイ!」
そう言ってから、僕はくるりと彼女に背を向けて、今日の宿にするつもりだったマンガ喫茶に向かった。
彼女への未練を振り払うように僕は力強くぐいぐいと前進した。
そう、前進していた
はずだった。
にもかかわらず、そのおよそ10分後、なぜか僕は息を切らして、それとは逆方向にある阪急河原町駅の地下のホームの上に立っていた。
そして、ひとつだけ停車していたあのエンジ色の電車の車両にあるドアというドアを片っ端から探し回った。
そしたら、たくさんの乗客に押し潰されそうになりながら、必死にドアの近くの取っ手を掴んで踏ん張っている彼女の姿を見つけた。
僕は慌てて彼女の元に駆け寄った。
このときの、そう、僕を見つけた瞬間の
ビックリした、でも、何となく嬉しそうに頬を赤らめた
彼女の表情
を僕はきっと一生涯忘れることはないだろう。
そして、そんな彼女に向って僕は無言で左手を差し出して、握り返した彼女の左手をぐいっと引き寄せてから、そのまま彼女をかっさらっていったのだった。
自分で言うのもなんだけど、まるで映画「卒業」のラストシーンのダスティン・ホフマンみたいだな、と思った(笑)
けれど、その日、結局、僕が彼女に対して肝心のあの言葉をきちんと伝えられたかどうかについては記憶が定かではない。
でも、その後、凍えるように寒い2月の鴨川の河川敷の真っ暗な土手の上で、彼女と
はじめてのチュ〜
をしたことはもちろんとてもよく覚えている。
そして、それから2年後
僕と彼女が二人で暮らし始めた東京郊外にあるK市をいつものようにぷらぷらとあてもなく散歩をしていたときのことだった。
彼女が突然、少し神妙な面持ちで僕にこう話しかけてきたのは。
「ワタシ、しぽ子になったみたい・・・」
え?
し、しぽこ?
もちろん初めて聞く単語だったから、僕の聞き間違いかなと思い、改めて彼女に聞き直した。
でも、彼女は恥ずかしそうにうつむきながら、先ほどと同じように
「ワタシ、しぽ子になっちゃった・・・」
と繰り返すだけだった。
う〜ん、申し訳ないけど、まったく訳が分からない。
おそらく彼女は暗に僕にこの言葉の意味を察して欲しかったのかもしれないけれど、元来、想像力に乏しい僕は、すぐに降参してしまった。
すると、彼女は、僕の耳元に唇を寄せて、そっとささやきかけるような感じで「しぽ子」の意味をこんな風に説明してくれたのだった。
「ワタシ、今、おしりの穴からぴょこりとう◯ちが顔を出していて、まるでしっぽみたいになってるの。だから、しぽ子なのよ。」
きっとなかなか共感しづらいところかもしれないけれど、
この回答を聴いた瞬間、僕は
「彼女と結婚できた僕はなんてラッキーなんだ!!」
とヒデキ感激したのだった。
そして、2年前のあの日の僕に向かって、心の中で
「グッジョブ!」
と親指を立てたのだった。
もちろん、その後、二人が早足でお家に帰ったのは言うまでもない。