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夕暮れチョコドーナッツ
秋が好き
振り返ると、不思議とそう思えるエピソードが僕にはいくつかある。
今回は、そのうちのひとつを紹介したい。
それは去年の秋のことだった。
夕方、溶連菌感染症で熱を出して寝込んでいる息子に何か食べられるものはないかと、僕は何もあてもないまま家を出た。
夕暮れ時の大通りは、薄暗い秋空と黄色味がかった街路樹をバックに、街灯やネオンの光の玉がところどころキラキラと瞬いている。
洋風な街の佇まいも合わさって、なかなかお洒落な雰囲気を醸し出していた。
しかし、このときの僕には、
だからそれがどうした
という感情しか湧いてこなかった。
こうやって、うつむかずに空を見上げて歩いているのだって、そうしないとふと込み上げくる何かを抑えられなかっただけの話だし。
そんな僕の脳裏に今朝の出来事がフラッシュバックする。
新しい上司から理不尽な仕打ちを受け続けている自分の仕事のことや
同級生からの暴力がきっかけでずっと重い吐き気に苦しんでいる息子のことを考えてたら
もうなんだかたまらなくなって、気づいたら僕はこんなことを叫んでいた。
「ああ〜何も多くは望まないから、とにかく早く普通の暮らしがしてえ〜!」
そしたら、それに対して、息子が間髪入れずに大声で
「本当にそれだわ〜!」
と返してきたのだった。
そして、その言葉には本当に彼の気持ちがこめられているような感じがしたから、
なんとかしてあげたい
という思いと
なにもしてあげられなかった
という自責の念で
また僕の胸は鋭く締め付けられた。
駅前に着く。
駅ビルの入り口の近くで息子が大好きなチョコレートドーナッツのお店がポップアップショップを開いていることに気づいた僕は、
救世主現る!とばかりに、すかさず注文した。
「チョコダブルクランチを一つ。あとはね…。」
ちゃんと自分と妻の分を買うところは我ながら抜かりがない。
そして、美味しそうにドーナッツをほおばる息子の姿を想像する。
少しだけ気持ちが明るくなる。
うん、少しだけだけど、気持ちが明るくなった。
さあ、みんなが待つ家に急ごう。