It’s Wonderful World〜ボクらがいるこのすばらしき世界〜
彼の魅力を説明するのは難しい。
母に捨てられた後、みなしご施設で育ち、持ち前の腕っぷしを活かすために極道の世界に入るもふとしたきっかけで殺人事件を犯して、十数年、ムショ暮らしをした後、50過ぎで出所して、今度こそカタギの生活を送ろうとするも、現実(シャバ)の厳しさに直面している。
これだけ聞いたら、まあ誰でも危うきに近寄らない君子になるだろう。
でも、最初は興味本位と自分の仕事のネタとして彼に近づいたジャーナリスト志望の青年は、一度は彼の持つ狂気の現場を目の当たりにして恐怖のあまり逃げ出すのだけど、最終的には、
彼のすばらしき世界
の目撃者のひとりとなり、その姿を僕らに伝える大切な語りべの役割を果たすことになる。
そして、その青年から語られる彼の姿を想像するたびに、僕はどうしても涙をこらえきれなくなる。
でも、それは悲しみの涙では決してなくて、頬を温かいものが伝うのを感じながら、気づいたら笑っている類のものだ。
彼の魅力は、冒頭の上っ面な客観的事実ではやはり語れず、そして、実は人知れず何か立派な偉業を果たしたという衝撃の事実もなくて、自分自身でもコントロールできない自分の感情に振り回されながら、でも、いつだって、
思いっきり喜んだり、怒ったり、泣いたり、笑ったりすることをあきらめなかったことだ
と個人的には思っている。
そして、そんな彼の魅力のおかげで、いつしか彼の周りには、本当に素敵なおせっかいさんたちが集まっていた。
そんなおせっかいさんたちは、彼の再就職祝いに自転車(ママチャリ)をプレゼントする。自転車に乗ったことがない彼は、その場で、乗る練習を始めるのだけど、当然おぼつかずフラフラする。それをみんながハラハラしながらも優しい笑顔で見つめている、という
すばらしき世界
ジャーナリスト志望の青年は彼と生き別れた母親を探し出して、彼をあの孤児院に連れていく。しかし、彼女は実は母親ではなくて、母の知り合いの女性だった。彼女から、母親の思い出話を聞いた後、孤児院の校庭で後輩の子供たちとサッカーをし始める彼。キャッキャッはしゃぎながらボールを転がし、でも、途中で足を止めて、その場で号泣する、という
すばらしき世界
再就職先の介護施設で、障害を持つ職員をからかい始める同僚の若者たちを見て、思わずかつての自分みたいに手を出しそうになるのを必死にこらえた彼に、帰り際、何も知らないはずのその障害を持つ少年が雨の中、まるでありがとうとでも言うように、彼に花壇の花を差し出す、という
すばらしき世界
何を思い出したのか知らないけど、アパートの窓辺で空を見ながら、ふと浮かべた彼の笑顔がとても優しくて柔らかかった。そして、きっと彼はその笑顔で周りの人たちを幸せな気持ちにさせたんだろうな、と納得した
そんなすばらしき世界
最後になんとなくみんなに(自分に)言いたくなったことが自然と湧いてきたから、それを言って筆を置きたい。
他の誰かにたとえ否定されたとしても、たとえ眉間に皺を寄せられたり、やれやれ、みたいな顔をされたとしても、
どうか自分だけはその怒りや哀しみの感情を見捨てないでちゃんと抱きしめてあげてほしい。
だって、それらもまた紛れもなく大切なたったひとりのかけがえのないあなたなのだから。
そして、ふと周りを見渡したら、彼のように、その自分の怒りや哀しみを温かく受け止めてくれる「他者」が、意外とあなたのそばにだっているかもしれない。
だから、そんなに怖がらなくても、きっと大丈夫。
うん、ほんのちょっとの勇気さえ出せば、僕らだって、彼のように
喜び
と
怒り
と
哀しみ
と
楽しさ
に満ち溢れた
すばらしき世界の住人
になれるはずだ。
というわけで、僕は先に行くよ。
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