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ろんどん きゃん ゆー うぇいと
舞台は兵庫県は伊丹市にある大阪国際空港の到着ロビー
その日、僕は、そこである人の到着を今か今かと待ち構えていた。
というのも、その日は、その人が2年間の海外駐在を終えて帰国するまさにその当日だったからだ。
実はこの日が来るまで、僕は、あらかじめ今回の再会シーンを何度も何度も頭の中でシュミレーション(妄想)していた。
例えばこんな具合に…。
到着出口のドアが開く。
その人が颯爽と現れる。
到着ロビーで待ち構える一群に視線を向けたその人はほどなく僕の姿を認めて、急いで僕の元に駆けつける。
そして、嬉しそうに両手で僕を抱きかかえると、そのまま僕を肩車する。
凱旋帰国を祝福するたくさんの人達に囲まれながら歩くその人の肩の上に乗った僕はとても誇らしい気持ちになって、思わず鼻の穴を大きく膨らませる。
や、やべえ、気づいたらまた妄想してたわ。
あっ!ドアが開いた。
待ちに待ったあの人だ!
よし、こっちに向かってくるぞ。
ドキドキ。
あれ?
僕に気づいてない?
その人はたくさんの会社の人達に囲まれてはにかんだようななんとも言えない笑顔を浮かべていた。
それだけはかろうじて目にしたけれど、その後は、スーツ姿の大人たちの長い足がせわしなく動いている映像しか覚えていない。
そして、その日は結局、その人から、ただいまの一言すらかけられなかった僕は、夜、自宅の二段ベッドの2階で、どうしてこんなことになってしまったのか、その原因についてひたすら考えていた。
「責任感が強い人だから、たぶん家族よりも会社の人達へのあいさつを優先したんだ。」
「僕の背が小さかったから、大きな大人の集団にまぎれてしまって、きっと目に入らなかっただけだ。」
など必死にいろんな理由を考えたけど、正直、何一つしっくり来なかった。
その挙げ句に僕は、勝手にあんな妄想をしてはしゃいでいた自分がいけなかったんだ、と思うようになっていた。
そして、そんな自分に対する恥ずかしさに身悶えしながら、僕はいつしか眠りについていた。
もう40年以上も前の話なのに、あのときのこと、今だにこんなにも鮮やかに思い出せる自分がいる。
そして、そのたびに、気づいたら、あのまだ幼い男の子だった僕に向かって僕はこんな声をかけている。
きっとすごくがっかりしたよね。
そして、すごくさみしかったよね。
だって、その人はずっと君の憧れの人だったものね。
その人が駐在先のロンドンからたびたび送ってくれた外国の切手を何度も眺めては、その人の帰りを指折り数えて待ってたことも僕は知っているよ。
だから、そんな君があのとき本当にやるべきだったことを教えてあげよう。
君は泣けばよかったんだ。
「お父さん!」って叫びながら、本当は布団の中で、わんわんと声をあげて泣いて、そのあたたかい涙で、自分のかなしみやさみしさを全部溶かしてしまえばよかったんだよ。
でも、君はまだ幼かったから、何だか訳が分からなくなって何も出来なかったこともよく分かる。
だから、今日深夜2時に、そんな君に代わって、すっかり可愛げのない脂ぎったおじさんになった僕が、目からあのしょっぱい水をたくさん流したところだ。
そう、僕がちゃんとこうやって、あのときの君のかなしみを溶かしているから大丈夫だよ。
だから、
どうか
どうか
安心して
おやすみなさい。
この記事はこちらの企画への参加記事となります。