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メレンゲな気持ち

「メレンゲの気持ち」

昔、そんなタイトルのバラエティ番組があったことを不意に思い出した。

そして、

メレンゲの気持ちって何だろう?

と想像してみたけど、僕はメレンゲじゃないからよく分からなかった。

他にもカカオバターや薄力粉、上白糖の気持ちも僕にはよく分からない。

でも、メレンゲみたいな気持ちになることはあるかもしれないな、と思った。

ただし、このときのメレンゲはいわゆる製菓原料のそれではなくて、メレンゲという名前の知る人しか知らないバンドのことである。

特に今の僕はメレンゲのこんな歌詞みたいな気持ちになっている。

この声は届かない

僕らはあまりに小さく

メレンゲ「すみか」


もう忘れたはずなのに、僕には時々、無性に胸を掻きむしりたくなる夜がある。

こんなはずじゃなかっただろって。

どうして僕はこんなところにいるんだろうってね。

だってあの頃の僕はある特別な魔法の杖の使い手で、そんな僕の声にみんなが耳を傾けさえしてくれれば、間違いなくたくさんの人の笑顔が待っているバラ色の未来が実現できたはずだって信じて疑わなかったから。

でも、僕の声は届かなかった。

結局、誰も僕の魔法なんて信じてくれなかったから、そんな僕は、この現実世界では、塵芥に等しいくらいちっぽけな存在に過ぎなかったのだ。

でも、そんな明白な事実を僕はずっと認められずにいた。

そして、そのせいで本当は泣き叫びたいくらい辛かった。

けど、何がきっかけはよく分からないけど、最近になってようやく僕は

そんな本当はちっぽけな自分

のことを少しずつ認められるようになってきている。

そんな僕の全身にはきっと哀しみの薄い膜が張っているだろう。

でも、そのひんやりと冷たいヴェールのおかげで僕は以前のように激しく心が荒ぶることも少なくなった(それにしてもnoteを始めた頃の僕のことを振り返って「怖かった」と言う人のなんと多いことか(苦笑))

その一方で、もしかしたら、以前と比べて明らかに覇気に欠けるこんな僕の姿を見て、

「夢を諦めた負け犬だ」

などと思う人もいるかもしれない。

けど、それについては、たぶん違っていて、

むしろ

「ようやくスタートラインに立てた」

くらいに僕自身は思っている。

なぜなら、今の僕は、以前と違って、こんな小さな僕の声にも真摯に耳を傾けてくれる人たちの姿がちゃんと見えていて、その人たちのことをまずは大切にしないとな、と思えているからだ。

そして、その実感を起点に焦らず少しずつ同心円状に自分の世界を拡張していけば、当時の僕が求めてやまなかったあの夢の国にだっていつかたどり着ける、そんな確かな予感も感じ始めている。

あなたのことが好きで

そう言える僕が好きで

その手のぬくもりがここにいる理由になっていく

辿り着いた答えに拍手はされなくていい

いつもイメージは川沿いにあるすみか

同上

うん、大統領もノーベル賞学者も社長も医者も弁護士も有名YouTuberもサラリーマンもフリーターも生活保護を受けている人もホームレスの人も、

それはたまたまそのときの自分がそうなだけで、

本当は僕らは等しく、一人の例外もなく

ちっぽけな存在

なのかもしれない。

だから、

そんなに偉そうにしなくたって、

そんなに卑屈にならなくたって、

本当はいいのかもしれない。

そして、もしそんな風に僕たちひとりひとりが思えるようになれたら、この世界もあのふわふわでやわらかいメレンゲみたいに優しくなるような気がするんだ。

でも、

まずはこんな自分からだ

今はそう思っている。




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