切り取るフレームの中に君がいるからボクは…
公衆トイレで用を足して、堤防に戻ろうとしていたときだった。
その堤防の方角から息子が両手を水平に広げて、一直線にこちら目掛けて勢いよく駆け出してくる姿が目に入ったのは。
江の島と青い空をバックにしたその少年の姿を見て、
「まるで映画のワンシーンみたいだな」
と呑気なことを考えていた僕だったけれど、こっちに近づくにつれて、その表情が曇りがちというかもはや今にも泣きだしそうな表情なのが分かったから、僕も慌てて彼の下に駆け寄ったのだった。
そして、彼の両肩を抱きながら、僕が
「な、何があった?」
と尋ねると、僕に会えて少し落ち着きを取り戻した息子は、比較的、冷静に今回の事の顛末について説明してくれたのだった。
その説明によると、息子が釣り竿を振りかぶった際に、地べたに置いていた僕の釣り竿が針に引っかかって、そのまま海にザブンと放り込まれてしまったらしい。
そして、そのリール付きの重い釣竿は、あっという間に沈んで海の藻屑と消えてなくなってしまったということだった。
そのときのアワワと慌てふためき蒼ざめた彼の様子を思い浮かべて僕の胸はズキンと痛んだ。
ちなみにこのとき彼は、釣竿による環境汚染と僕への申し訳なさの二重苦でとても悩んでいたけれど、少なくとも後者については
「まったく気にすることはないよ。もともとダイソーの安い奴だったし、また買えば済む話だから」
と僕が伝えたから、彼もようやくホッと安堵の表情を浮かべていた。
しかし、この日は、そんな想定外のハプニングもあったけれど、竹の釣り竿を華麗に操る地元の仙人風のおじいさんから
「あんちゃん、なんだかやたら釣れているみたいだけど、何釣ってんの?」
と尋ねられるくらい、大漁だった。
そして、後半、おかげさまで彼が釣っている様子をしっかり見学することができた僕は、この釣果が決して運だけじゃないこと、つまり、ここまでいろいろと苦心を重ねた結果、彼なりに釣り方のコツをマスターしている事が分かった。
と同時に、僕は、こんな事実にも気づいていたのだけど。
そう、僕のアイカメラは、気づいたら、いつも彼の姿をフレームに収めているな
っ事実をね。
もちろんそのフレームの外には、漂着したたくさんのプラスチックごみの山や、立ち入り禁止の場所に入って釣りをしている釣り人たちの姿など、どうしようもなくどうしようもないリアルな世界も広がっていたわけだけど。
けど、昔ほどブルーな気持ちにならずに済んでいるのは、きっと今のボクには視界に入ったら思わず追いかけずにはいられない素敵な被写体がいてくれるおかげなんだろうな。
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