アカシアとサンマーメン
季節感を度外視して告白すると、個人的に一番好きな花は、アカシアである。
それは、なんとなくあの黄色い花のぽんぽんとした佇まいがふわふわしててかわいい、というのもあるし、あと、僕の大好きな漫画のタイトルに名前が使われている、というのもあるけれど、一番の理由はきっと記憶の中に刻み込まれたあの風景かもしれない。
今から約15年前、僕は横浜の山手というところに住んでいた。同居人は、妻(正確には前妻)とネコという名前の猫とコバンという名前の猫の3匹(3人)だった。
当時、僕たちが住んでいたアパートは、横浜の中心部にある元町・中華街・山下公園と郊外にある本牧ふ頭をつなぐ本牧通り沿いにあった。
そして、今と変わらず、とにかく移動は「足(歩くこと)」が基本だった僕は、週末になると、その横浜の中心部か本牧のどちらかまで歩いて出かけることが多かった。
行き先はいつもその日のきまぐれで決めて、本牧に行くのであれば家を出て右に曲がり、元町や中華街に行きたければ逆に左に曲がって、あとはどちらの場合でも本牧通りをただひたすらと歩いていけば、ほぼ自動的に目的地に着くという感じだった。
当時は一人で出歩くことはめったになくて、たいがい妻と一緒だった。そして、当然、日中に出かけることの方が多かったはずなのだけど、今、鮮明に記憶に残っているのは、どれも夜の思い出ばかりである。
もともと人見知りが激しくて人混みが苦手だった二人だったから、観光客も地元の人もいなくなったひっそりとした夜道を、控えめな街灯と月の光に照らされながら二人きりで歩く時間が、一番ホッとして、自然体でいられたからかもしれない。
あれは、そんな3月のある日のこと。
その日の晩も、特に行く当てもないけれど、二人でふらっと元町方面に向けて出かけてみようということになった。しかし、いつもは大動脈の本牧通りをただ直進するだけなのだけど、この日はどちらからともなく寄り道してみようかという話になって、僕らは本牧通りに出て少ししてからてその道を右に曲がり、その後は、初めて歩く小さな坂道をひたすら登ったり、下がったりした。
数十分後、僕らの目の前に闇夜にぼんやりと照らされた小さなトンネルが現れた。
僕らはその光に吸い込まれるようにしてトンネルに入り、そして、まるでタイムワープしているような不思議な高揚感を覚えながら、その小さな光のトンネルを抜けた。
トンネルを抜けると目の前にはなだらかな下り坂が続いていて、それを見て妙にうれしくなった僕らは、気づいたら、手をつないでその坂道を駆け降りていた。
いつもより早く過ぎ去る風景の中に、突然、黄色いかたまりがあらわれたのを僕は見逃さなかった。振り返ると、そこはクラシカルでとても趣にある生花店で、店先の路面にはアカシアの花がたくさん飾られていた。
妻もどうやらそれに気づいたようで、僕と同じように、じーっとその黄色い花たちを見つめていた。
そのとき、彼女とどんな言葉を交わしたのか、それとも何も話さなかったのかは全く思い出せない。
しかし、その後、中華街までくだって行って、行きつけの町中華のカウンターで肩を並べて横浜名物サンマーメンをすすりながら、
「やっぱり、僕らには花より団子だよな~」
と言い合ったのはよく覚えている。
アカシアとサンマーメン
まるで明石家さんまみたいな組み合わせだけど、これはまぎれまない実話である。
そして、こういうくだらない奇跡だったら、両手に余るくらいある、というのが何気に僕の自慢だったりする。