ありがとう、こちらこそ
霧雨降る山道を3人で歩く。
ブルーシートで出来たIKEAの大きなバッグを抱えながら。
僕と妻の2人は、とにかくリーダーの彼についていくだけだ。
そして、
「この木は良さそうだね」
と彼が立ち止まったら、その袋から彼がこの日のために作ったスペシャル昆虫トラップを取り出して、それを木にセットするのを手伝うのだ。
この初めての3人の共同作業は思いの外、息がぴったりではかどったから、持ってきた4つのトラップもあっという間に取り付け終わった。
「ミッションコンプリート!」
ホッと一息ついてふと頭を上げると、たくさんの葉っぱが水滴をつけてキラキラと輝いていた。
ああ、そうだったのか。
この頃には雨足はかなり強まっていたのに、この葉っぱたちが守ってくれたおかけで、きっと僕たちはずぶ濡れにならなくて済んだのだろう。
僕は
「こんな体験、なかなかできないよなあ」
と思いながら、きっとマイナスイオンだらけの森の空気を鼻の穴を大きく広げて、思いっきり肺の奥まで吸い込んだ。
そして、みんなで、今更ながら、太陽の光を浴びただけでエネルギーを作り出せる緑の葉っぱたちの偉大さへ賞賛の意を示しながら、いい感じにぬかるんだ柔らかな土をフミフミ踏みしめてコンクリートで固められた車道に飛び出したのだった。
すると、そんな僕らの前を、ちょうど一台の車が通り過ぎていった。
「きっとびっくりしただろうね。いきなり山の中から、明らかに地元の人じゃない僕たちが出てきたから。」
と3人で笑い合いながら、その瞬間、なぜだろう。
「ひょっとすると僕たちは今、とてもかけがえのない時間を過ごしているのかもしれない」
そんな風に思ったのだった。
そして、深い霧で覆われた、白とグレー以外の色を失った、なんとなく幻想的に見えなくもない車道をてくてく歩いていると、不意に前を歩く彼が
「お父さん、お母さん、ありがとう」
と言ってくれたのだった。
うん、こういうとこなんだよなあ。
そんな君だから、お父さんもお母さんも君のことが大好きで仕方なくて、だから自然と君が望むことはできるだけ叶えたいって気持ちになるんだよな。
そして、その度に、君はお父さんたちを今まで見たこともない素敵な世界に連れて行ってくれるのだ。
まさに今日みたいに、ね。
だから、僕は、声の震えがばれないように注意しながら、こう答えたのだった。
「ありがとう、こちらこそ!」
そんな僕たちの頭上を、黒いツバメが一羽、雨上がりの灰色の空をバックに力強く飛び去っていくのが見えた。