スキップする牛は、やがて捨てられた犬の目になる
山中湖
それは、かの名高い富士五湖の一つであると同時に、僕と彼女の最初で最後のドライブデートの目的地でもあった。
デート当日、待ち合わせ場所の彼女の実家のあるJR平塚駅の駅前で待っていると、
彼女は父親の所有車である年代物の黄色いフォルクスワーゲンゴルフで颯爽とロータリーに現れて、そのまま僕をかっさらっていった。
しかし、その華々しい登場とは裏腹に、普段はあまり運転しないと言いながらハンドルを握る彼女の表情は明らかにガチガチに緊張していて、でも、免許のない僕は「大丈夫だよ」の一言も言えないまま、いつもは見せない6つ年上の彼女の弱気な表情を、むしろ可愛いなあ、とアホ面しながらただ見つめていただけだった。
まあ何はともあれ、秋の紅葉に染まる山中湖を目指したドライブは幕を開けた。
そして、高速を降りて、ようやく彼女も落ち着いてきたかな、というタイミングで、僕はこの日のために作ったとっておきのミックステープをカーステレオにセットした。
田舎道を走りながら、流れるご機嫌のグッドミュージックに自然と僕たちの距離も縮まるはずだ、なんて夢見てたのに、実際はこれとは全く真逆の展開になってしまった。
まあ、よくよく考えれば、僕のテープには、あのサザンもユーミンもミスチルもドリカムもまったく入っていなかったから、むしろあたり前田のクラッカーな展開ではあったわけだけど。
中でも、ある曲がかかっていたときは車中の空気が見る見るうちに悪くなっていくのが、手に取るようによく分かった。
ちなみに、その曲はスキップカウズというバンドの「犬の目」という曲だった。
特段、彼らのファンというわけでもなくて、たまたまミュートマJAPANで知ったこの曲をなんとなくいいなあ、と思ってテープに収録しただけなんだけど、
そして、
「メジャーなバンドじゃないし、ドライブミュージックにしては曲調がややシリアスだったかなあ」
なんて、
当時の解像度の低い僕の脳ではその程度の推理しか出来なかったけれど、今、改めて歌詞を読み返したら、思わず背筋が凍ってしまった。
まるで金太郎飴みたいにどこを切っても独りよがりな童貞ナルシズム全開なフレーズが続いた挙句に、
「君を愛しているなんて今は言えるわけないのさ〜」
なんて紛れもないNGワードをシャウトしているのだから。
そう、何しろ付き合って7ヶ月が過ぎようとしていたこのとき、僕はまだ彼女にまともに告白すらできていなかったのだ。
もちろんこの曲がトドメを刺したわけではないのだろうけど、そして理由はきっと他にゴマンとあるんだろうけど、このドライブデートの2週間後に僕は見事に彼女に振られることになる。
しかし、そんな悲しい近未来なんて全く予想だにしてなかった間抜けな僕は、その後、辿り着いた山中湖のほとりの公園で小さな紅葉を口に加えたり、スワンボートから湖に落ちそうな振りをしたりと全力ではしゃいでいて(という写真が現存している(苦笑))、その様子はまさに
スキップする牛(スキップカウズ)
そのものだった。
まあ、それから1ヶ月足らずで
今度はまさに捨てられた「犬の目」みたいになるんだけどね。
う、うまい!座布団3枚。
…山田くん、持っていきなさい(桂歌丸師匠大好きだったなあ)
しかし、今思えば、このときの苦い体験があったからこそ、
成功するかしないかなんかお構いなしにとりあえず
とにかく当たって砕けてみる
永遠チャレンジャーな僕
が爆誕したのは間違いない。
だから、そんな僕は時々、間違いなく幸せに過ごしているはずの彼女を思い出しては、富士山の方角に向かってたまに、
あざっす!
と深くお辞儀をしているのである。