断髭式
今晩、ヒゲを剃った。
あるプロジェクトへの協力の条件として開発部にいる先輩から言われて決意したことだけど、今日、剃ることに決めたのは、なんとなく
自分が生まれ変わるなら今日だな
と思ったからだった。
洗面台の前で小さなハサミでヒゲをザクザク切っていると、予想通り、ヒゲにまつわる思い出が走馬灯のように蘇ってきた。
それは楽しい思い出なんかではなくて、ほとんどは思い出したくないようなかなしい記憶ばかりだったけど、そこから目を逸らしては意味はないと思って、ちゃんと鮮明ににあのときの情景を思い出していた。
でも、思った以上に、悲しくもなければ、誰かを憎む感情も湧かなかった。
その代わりに、ただただあの頃の自分が自分可愛いだけの甘ちゃんだったんだなあ
と思っただけだった。
そんなくだらないものにこだわっていたから、どんな夢も叶えられないまま中途半端に終わらせてしまったし、愛する家族を守るどころか傷つけるようなダメ人間になっていたんだと強く思う。
もちろんヒゲを剃ったくらいで、人間がすぐに変われるわけなんてない。
でも、幾分かの暗示効果はあるだろう。
あとは、自分次第だ。
自分の可能性を信じたい。
そう思う強い動機が今の僕にはあるから。
ヒゲを剃り終えた僕の顔を見た息子が
「8歳は若がえったんじゃない」
と言ってくれた。
8年、時が巻き戻ったなら、夢を叶えたり、ちゃんと誰かの役に立てる人間になるには充分、猶予はある、かもしれない。
最後の仕上げに久しぶりにT字剃刀を使ったら、案の定、唇の下を切ってしまった。
「血が全然止まらない〜」と言いながら
あたふたとティッシュで患部を抑える。
そんな僕に気づいた妻が様子を見に近づいてくる。
そして、まだらに赤い血に染まったティッシュを見るなり、
「こんな程度の出血で騒ぐなんて情けないわね〜」
と呆れられた。
ヒゲを剃ったところで間抜けで情けない自分はまるで変わってない(苦笑)
でも、たぶん、この日を境に、僕の破竹の快進撃が始まるのだ。
大丈夫!
自己暗示や催眠術にはかかりやすいタイプだから。
BGMはやはりこれだな。
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