雨とバスと神さま
雨の夜、バスに乗った。
僕の隣にはその日ずっと一緒に外勤をしていた会社の大先輩の男性が立っている。
彼は突然、
「巡り合わせだから、な」
と語りかけてきた。
一瞬、何のことか分からなかった僕は、しかし、それに続く
「だから、腐っちゃダメだぞ」
という言葉に思わず
ドキリ
とした。
なぜなら今日、僕はずっと聞き役に徹していて自分のことなどほとんど話していなかったからだ。
そんな僕たちの目の前には雨のしずくで輪郭を失った色とりどりの街の光がゆらめく窓があった。
彼はそれをまっすぐに見つめながら、
「上の人間が変われば、とたんに風向きが変わることがある」
「だから、自分はこうだと思ったことは絶対に諦めずに貫かなきゃダメだぞ」
と続けた。
咄嗟に、
「神さまだ」
と僕は思った。
なぜなら今日、僕は前の職場で自分が苦労に苦労を重ねた末に新しく導入したシステムの契約が今年いっぱいで打ち切られるというニュースを聞いたばかりだったからだ。
しかし、このニュースを聞いたとき、僕は当初、想像していたほどにはショックは受けず
「これで振り出しに戻ったけれど、またゼロから始めるだけだ」
と思っただけだった。
というのも僕は、このシステムが間違いなく会社を大きく変えるものになるだろうということを、今まで一度として疑ったことがなかったからだ。
だから、僕は自然と彼のこの言葉をそんな僕に対する神さまからのエールとして受け取ったのだろう。
最後に、その渋い英国紳士みたいな風貌と声色をした神さまは、まるで僕にトドメを刺すかのように、こんなグッとくるエピソードを教えてくれた。
「◯◯(会社を代表するロングセラー商品)は、最初、こんなもの売れるはずない、と当時の社長から却下されたんだ」
「でも、その5年後、それを考えついた男の後輩が新しい社長に再び提案したらOKが出て、爆発的に売れたんだよ」
「……。」
その日、僕は雨降る夜の街をひた走るバスの中で神さまに出会った。
いや、さすがに神さまではなかったのかもしれない。
けど、正直、そんなことはどうだってよかった。
なぜならこのとき自分の目に映った光景を、そして、耳に届いた言葉を、僕は永遠に忘れることはないからだ。